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はじまりのおわりか、おわりのはじまりか
「選ばれし勇者よ、まだ逝く時ではありません」
幾度も聞いた台詞が意識の奥底で響く。またかと思った時、眩い光が差し込んだ。
ステンドガラスから差し込む陽の光は、赤や青や緑、様々に美しい色を帯びていた。それが空気中に漂うホコリに反射して、ダイヤモンドダストのようにきらきらと光る。
それは何度も見た景色。
どうしたって、現実だった。
ちらりと視界の端に紺色が映り込む。視線を少しばかり右にずらせば、菫色の瞳を持った女性が現れる。
これも飽きるほど見た姿だ。
「……シスター」
「勇者さま、ご無事でなによりです」
シスターは夜を思わせる紺を全身に纏い、目尻に涙を浮かべて言う。
これも幾度となく経験したシーン。
この後に続く言葉だって、俺はもうわかっている。
「神よ、勇者さまに貴方さまのご加護のあらんことを。世界に光を再びもたらしてくださるこの御方に、神の息吹を与え給え」
それはシスターから俺への餞。
加護を願う言葉。
祝福を施す祝詞。
「……ありがとうございます」
棺桶に無造作に寝かされていた俺は、だるいと訴える身体を叱咤し、シスターへ頭を下げる。
「いってらっしゃいませ、勇者さま」
シスターが口にするのは、いつも同じ言葉。そこには果たして、どれくらいの意味が含まれているのか。歌劇に組み込まれたアリアの方がよっぽど、意味を持っているように感じた。
「いってくるよ」
返事をする。
シスターがそれ以上の言葉を口にすることはなかった。
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