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夢
夢を見た。
大切な人と出会って笑顔で話す夢。別にドラマチックなことが起こるわけではない。ただ出会って当たり前の日常の会話を交わすだけの夢。
すぐに気づいた。ああ、これは夢なんだって。
二度と出会うことのできない人に会うことができる場所といったら、夢の中くらいしかないことを、俺は知っていたから。
でも、そんなことを察していても、俺は例えようのないほどの幸福感に包まれた。
至福の時という言葉がある。最上級の幸福感に包まれた時に使う言葉だが、生きていてそのような感慨を抱いたことは残念ながら一度もない。だけど、夢の中の俺は確かにそれを感じていた。
「おかえり」
何事もなかったかのように、彼女は笑顔を見せて出迎えてくれた。
あれから何年経っただろう。
君を亡くして、一人になって途方にくれて、それでも生きていかなければならなくて、あらゆる感情を殺して仕事に打ち込んで、どんどん時間ばかりが過ぎていって、確か、そうだ。今年でもう十年になる。
彼女は変わらなかった。
死んだ人間は歳を取らない。どれだけ時が流れても若くて美しいままだ。
では、彼女の目に映っている俺はどんな姿だろう。君を置き去りにして十年も歳を重ねてしまった俺は、どんなふうに君の目に映っているのだろうか。君が好きになってくれた時のままの俺でいられているのだろうか。
とても不安だった。
「ただいま」
なんだか少しだけ恥ずかしい。
思わずじっと顔を見つめてしまう。
これが夢であることは頭ではしっかりと理解している。だけど否定したくない。もし夢であることを口にしてしまったら、その瞬間にすべてが壊れてしまいそうだったから。そうしたら、もう二度と、このような奇跡的な再会は望めないような気がしたから。
俺はただ、彼女の顔を見つめていた。
「どうしたの?」
「なんだろうね。何だかとっても嬉しいんだ。だけど同時に、とっても悲しいんだよ」
「へんなの」
彼女が笑っている。
いいんだよ。笑ってくれ。
君になら笑われてもいい。
「普段は無愛想なのに、時々とても繊細になりますな、私のカレシどのは」
まるで子どものように頭を撫でられる。
日常生活でされたら、すぐに拒絶の意を示しただろうが、夢の中の俺は彼女にされるがままにしていた。
感情が高まり、涙が溢れてくる。
もう少しだけ。もう少しだけでいいから、このままでいたい。
俺は強くそう願っていた。
唐沢憲司は、夢の中でいつまでも泣き続けていた。
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