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偶然の再会
「とりとん?」
アルバイト時代の後輩である立花咲の口から飛び出したその不思議な店名を、住倉沙織は思わず相槌のように繰り返した。
『鳥と豚の串物が美味しいお店なんですよ』
咲には最近付き合い始めたという彼氏がいる。その彼氏とその『とりとん』というお店にいって、ずいぶんそこの料理が気に入ったらしい。また食べに行く理由付けのために沙織に声をかけてきたのだった。
「七時くらいなら行けるけど大丈夫?」
『はい。大丈夫です』
咲は喜んだ。
焼き鳥ももつ焼きも沙織は嫌いじゃない。特にもつ焼きの方は人によって好き嫌いが出たりするようだが、沙織は平気だった。
焼き鳥といったらネギマやハツ、レバーに砂肝、かわ、歯ごたえを楽しむナンコツなどがある。味は、タレと塩なら塩がいいかな。もつ焼きは何があっただろう。
いずれにしろ、ざっくばらんに何でも話ができる人と食事に行くのは楽しいものだ。その食事の内容もある程度分かっているとイメージも湧く。
「すみません。今ちょっと満席なんですよ」
だから、待ち合わせの時間に咲と合流して、目的のお店で待ちぼうけを食らってしまったときは、少しショックだった。
「どうしよっか」
「すみません」
今さら予約をしていなかったことを責めても仕方ない。
見かねた店員さんが「相席でよろしければ、ご案内できるかもしれないのですが」と提案してきてくれた。
「私はかまわないよ」
「私も平気ですけど」
咲は反省中だ。そんなに気にすることないのに。
「少々お待ちください」
店員さんが相席のできそうなテーブル席のお客さんに了解をもらいに行く。
テーブル席のお客は、沙織たちより年上の、三十代半ばくらいの二人の男性客のようだった。
何気なく店員さんと男性客二人のやりとりを少し離れた場所から見守っていた沙織は、その男性客の片方の人に見覚えがあることに気がついた。
あれ? あの後ろ姿はどこかで?
「あ、住倉先生」
その人物の名前は布施晴海。保育士の沙織が数年前に受け持った布施優也くんのお父さんだった。
顔見知りの人がいれば相席の抵抗も少ない。お互いに遠慮しながら席を譲り合うことになった。
「本当にお邪魔してしまって大丈夫ですか?」
「何を言っているんですか。住倉先生にはお世話になりっぱなしだったじゃないですか。どうぞどうぞ」
布施さんは底抜けに明るかった。ほんのりとお酒が入っているのもあるだろうが、やはり保育園に保護者として顔を出していた時とは印象が少し違っていた。多分こちらが素なのだろう。
「先輩の知り合いですか?」
「受け持った子の保護者さんね」
「なるほど」
咲は納得した。
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