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気の持ち方
「十代と二十代は知識と経験の不足から失敗して後悔をすることが多い。
それなりに能力が整ってくる三十代は結婚適齢期だ。特に女性で子どもを望むのなら急ぐ必要があるかもしれない。
四十代と五十代は社会を動かす要だ。負担は大きく、子どもが成長するにつれて出費も大きくなっていく。
六十代は人生の転換点だ。定年を迎えて仕事から退けば新しい生活を模索していく必要に迫られる」
布施さんの人生観は同意できる部分が多いような気がした。
「だけど、何かが起きたときにそれに対処できるものが揃っていることの方が稀なんだと思う。いくつになっても不幸は降りかかってくるし、いくつになっても悩みは生じてくる。逃げることができるのなら逃げてしまった方がいいことだってある。だけど、逃げずに立ち向かうしかないことだってある。そういうときは覚悟を決めるしかない」
覚悟を決めろ。
それは高校の時の恩師が好んでよく使っていた言葉だった。
『覚悟を持って生きているかどうかで、その人の生きる値打ちが違ってくる』
聞いていた当時はすごく厳しいことを言っていると思ったものだが、その言葉の裏には、自分の教え子たちへの期待と、迷いを断ち切る明解な答えの提示という意図があったのだと、最近では思うようになっていた。
「彼女が亡くなって今年で十年だ。唐沢、そろそろ気持ちを切り替えても良い頃合いじゃないのか」
布施さんの言葉は優しかった。
毎年付き合っていると言っていた。唐沢さんが十年間も亡くなった恋人のことを想い続けているとすれば、布施さんはそんな唐沢さんのことを十年も見守っていることになる。
気持ちは分かっている。だけど、黙って見守り続けるのが優しさなのかというと、そうとは限らない。
「切り替えるつもりはないさ。これが俺の生き方なんだから」
生き方に正解はない。そして間違いもない。どんな結果になろうとも本人が納得しているのなら、他人がとやかく言うのは野暮なのかもしれない。
だけど、そんなことは布施さんにとっては織り込み済みだった。
「生き方を言っているんじゃない。俺は幸福論を言っているんだ」
「幸福論?」
「最愛の人を二十年恨み続けた男がいる。失恋の悲しみから逃れるため、彼女への未練を断ち切るために、自分自身に嘘を吐き続けた男がいる。
十年かけて、その男は自分を立て直し、新しい相手とめぐり会い、子どもにも恵まれた。だけど、それからまた十年の月日が流れた時、あることをきっかけにして彼は自分の本心に気づいてしまった。
そして二十年分の自分自身への嘘の報いを受けることになった」
自分に対して嘘を吐くことはあるものなのだろうか。何か納得のできないことが起こったとき、自分の心の安定をはかるために、自分の頭の中で思考を巡らせて、体裁のよい言い訳や解釈をしてしまうことはいくらでもあるような気がする。
だけど所詮は一時的な気休めにしかならない。根本的な問題が解決していないのだから。
では、行動を起こしてその問題を解決すれば良いのかというと、そうとも限らない。
この世の中は、すべての人の願いが叶い、欲望が満たされるようにはできていないのだ。
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