押しかけ鷺

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 昔々あるところに狩猟(しゅりょう)の腕前はイマイチだけど、心優しい猟師(りょうし)がおりました。 「ふー、今日も獲物は無しか‥‥」  溜め息を吐きながら今日の結果を呟いては、気持ちが夕暮れと共に暗くなっていく。  冬が近づいてくる足音のように木枯らしが駆け抜けて、寒さが厳しくなっていくのは懐事情(ふところじじょう)も同様だった。 「このままじゃ、この鉄砲を質屋に売らないといけなくなるな‥‥。まあ、独り身だからこそ、なんとかなるか‥‥」  背負っている古い(じゅう)がズッシリと重く感じてしまう。  より落ち込みながら山道の家路を歩いていると、「クーン‥‥」と脇道の草陰(くさかげ)から何かの鳴き声が聴こえてきたのであった。  動物の鳴き声に猟師としての(さが)なのか。気になってしまい恐る恐ると様子を伺うと―― 「‥‥何やってんだ。おまえは?」  そこには、一羽の大きな白い鳥が木の枝の間に長い首が挟まっており、抜け出せずにいたのである。 「クーン‥‥」  弱々しい鳴き声だった。  きっと、リスやネズミなどの小動物を捕食しようとしていた時に、この枝の間に首を突っ込んでしまったのだろう。  これ幸いとして、この間抜けな鳥を捕らえようとしたが、無抵抗な動物を捕らえるのは如何(いかが)なものかと、ちっぽけではあるが猟師としての矜持(きょうじ)が揺らいだのだ。 「嬉々(きき)として、こんな間抜けな鳥しか捕らえないようでは、猟師としての先は無いな‥‥」  男は枝をへし折り、白い鳥を救出した。 「ほら、逃げな」  白い鳥は一度だけ男の方を振り返ったが、すぐに翼を羽ばたかせては、長い首を折り曲げて空の彼方へと飛び去った。 「今度出会ったら、容赦しないからな」  鷺を見送りつつ自分にも言い聞かせるに呟き、再び家路を歩んでいく。  その足取りは少しだけ軽くなったようだった。  山間(やまあい)に建てられたオンボロ家屋(かおく)が男の家だ。  勝手知ったる家の戸を開けると、 「おかえりなさいませ、貴方様(あなたさま)」  慣れたように白く美しい女性が出迎えてくれた。 「‥‥え、誰!?」 「先ほど助けていただいた(さぎ)でございます」 「え? さ、サギ?」 「はい、そうでございます」 「サギなんて()を助けた覚えはないぞ」 「ああ、この姿は仮の姿でございます。元の姿では、この通りお礼に参ることができませんでしたので」 「御礼参(おれいまい)り!?」 ※御礼参(おれいまい)りには“報復”といった俗語の意味があります。 「そ、そんな、御礼(おれい)をしていただけるようなことは、していないと思いますが‥‥」 「まあ、ご謙遜(けんそう)なさらずに。立ちっぱなしなのも、あれですなので、汚く狭い家畜小屋(かちくこや)のようですが、どうぞお上がりになって、くつろいでください」 「そうですね‥‥って。ここ、俺の家なんだけど!」 「存じております」 「分かってくれれば‥‥いや、その前に、御前(おまえ)さんは、なぜ俺の家に勝手に上がりこんでいるんだ?」 「まあ、私のことを御前(おまえ)なんて。ぽっ///」 「ぽっ、じゃない。それで、なんで俺の家に居るんだ?」 「さっきも申したではありませんか。先ほど助けていただいた(さぎ)です」 「さ、サギ!? ってことは、やっぱり俺を(だま)しに来たのか?」 「さっきから何かと勘違いしているかと存じますが。要は助けていただいたお礼に参ったのです」 「御礼参(おれいまい)り!?」 「天丼な返し(同じネタ繰り返す)はお腹いっぱいになりますわよ」 「何の御礼(おれい)かは分からないが、勝手に人の家に入って待ち構えているのは失礼だろうに。というか、なぜに俺の家がここだと知っていたんだ?」 「‥‥まあ、そんな些細(ささい)なことは良いじゃないですか」 「いやいや、ちょっと違うベクトルで(こわ)いんですけど」 「時代設定にそぐわない言葉を使わないでくださいな。しかし、このままでは(らち)が明かないですので、進めます」 「進めるって、なにを進めるの?」 「私は隣の部屋で、御礼の品として羽織(はおり)を織らせていただきます」 「話しを進めるってことね」 「ですが、私が羽織(はおり)を織っている間、(けっ)して中を絶対に(のぞ)かないでくださいね。い・い・で・す・ね?」 「い・い・で・す・ね? を、お・も・て・な・し、みたいに言うなよ」  女は男のツッコミを無視して、隣の部屋に入り(ふすま)を静かに閉めたのであった。 「しかし、御礼の品に羽織を織ってくれるのか。どんな羽織を織って‥‥というか、男の独り暮らしに機織(はたおり)()なんてものはないぞ!?」  男は慌てて(ふすま)(いきおい)い良く開けると、部屋の中には一羽の(さぎ)が居たのであった。  (さぎ)は家にあった布団や茶碗などの生活雑貨品を(かた)(ぱし)風呂敷(ふろしき)に包み入れていたのである。 「何をしているんだ?」 「はい、この品々(しなじな)を売って、羽織を買ってこようかと」 「よしんば、その俺の(もの)を売ったとしよう。それで羽織は買えそうかい?」 「二束三文(にそくさんもん)にしかならないでしょうから、これが羽織(骨折り)損のくたびれ儲けってやつですかね」  猟師と鷺は一緒に大笑いした後、猟師は背負っていた銃を構えて、狙い撃つ。 「ちょっ!?」  狙い撃つ。 「まてよ!!」  狙い撃つ。  鷺は必死に翼を羽ばたかせて、窓から飛び出して大空へ逃げていった。  猟師は飛び去っていく鷺を見つめ、至近距離にも関わらず、鷺に命中しなかったことを悔やみ、 「猟師、辞めるか‥‥」  鉄砲を売ったお金で、なんとか冬を乗り切ったのでした。  おしまい。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!