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「えっ? おばあちゃん、今、なんて?」
祖母が、久しぶりに、私が一人暮らしをするアパートに訪ねてきた。
が、来て早々にとんでもないことを言うから、私は思わず聞き返した。
「だからね、軽い気持ちで会ってみてくれればいいから」
軽い気持ちって……
「でも、お見合いなんでしょ? そんなの相手の方にも申し訳ないわよ。私、結婚するつもりないし」
久しぶりにやってきた祖母は、私にお見合いの話を持ってきた。
祖母が趣味で通ってる短歌の会で仲良くなったお友達と、結婚する気がなくて困ってる孫同士一度会わせてみようって話になったらしい。
つまり、私だけじゃなくて先方にも結婚願望がないってこと。
そんなお見合い、時間の無駄じゃない?
だけど、祖母も引かない。
「写真も見せていただいたけど、真面目そうでほんとに素敵なお孫さんなのよ。なんでも、ご主人が会社を経営してらっしゃるらしいんだけど、そこに入社してるのに、社長の孫だってことは秘密にしたまま、他の人と同じようにコツコツ地道にお仕事をしてらっしゃるんですって。なかなか出来ることじゃないでしょう?」
それってつまり、将来経営の幹部に行く人間が、平社員に混ざってその人となりや仕事ぶりを観察してるってこと?
もしうちの会社にそんな人がいたらって思うと、素晴らしいって思う以前に怖いって思っちゃう。
「で、その写真は?」
祖母がそこまで勧める男性なら、お見合いをする気はなくても、写真くらいは見てみたい。
「あ、ごめんなさい。その方のスマホを見せていただいただけで、お写真をいただいたわけじゃないの。そうよね、お写真をいただいて来れば良かったわね」
祖母は残念そうに申し訳なさそうに答える。
「あ、いいのよ。どうせ会うつもりもないんだし。おばあちゃんがそんなに勧める人がどんな人かちょっと見てみたくなっただけ」
私は慌てて取り繕う。
これでもし「写真を送って」なんてメールされたら、一層断りづらくなる。
「だったら、会ってみればいいのよ。写真より生で見た方がいいわ」
祖母は、全く諦める気配がない。
「お店は、凛華がこの間テレビで見て行きたいって言ってた料亭を予約してくださるそうよ。なんでもお仕事でお付き合いがあるそうで、今からでも予約できるんですって」
えっ!?
テレビで見た料亭って……
「それって、まさか『綺蝶』!?」
高級店なのに、3ヶ月先まで予約が埋まってるってテレビで言ってた。
「そうそう! なんでも、奥にお得意様用の特別な個室が用意してあって、そこは一見さんお断りなんですって」
そうなんだ!
『綺蝶』の特別室なんて、このチャンスを逃したら、この先二度と行けないに違いない。
私は食の誘惑に負けた。
「……ほんとに会うだけでいい?」
祖母は、満面の笑顔で目を輝かす。
「もちろん。かわいい孫に結婚を無理強いしたりはしないわよ」
祖母は、
「詳しい日程はまた連絡するわね」
と言って、ご機嫌で帰っていった。
はぁぁぁ……
どうしよう?
だって、行ってみたかったんだもん……
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