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それから3週間後、成人式以来の振袖を着せられて、帯をぎゅうぎゅうに締められ、慣れない草履で祖母と綺蝶に向かう。
すぐに断るつもりの私は、大事にしたくなくて、両親の同行を頑なに断った。
それは先方も同じだったようで、双方、祖母と本人のみでということで話はまとまった。
ただ誤算だったのは、祖母に振袖を買ってもらったものの、成人式でしか袖を通していないのは残念すぎると言って、振袖を強要されたこと。
何十万円も払った晴れ着を一度しか着ないのは、確かに買った本人からしたら、残念な気がするのは分かるし。
だから、私は、一生に一度であろう綺蝶での食事のために、祖母の言うなりに振袖を着ている。
綺蝶は、入り口こそ、少し古い感じの普通の和風の門構えでしかなかったけれど、玄関を入ると、中は綺麗に磨き上げられ、華美でない花が飾られ、落ち着きと気品が漂う素敵な空間が広がっていた。
祖母が名乗ると、海老茶の色無地を着た仲居さんはにこやかに微笑んで、複雑に曲がりくねった廊下を通って、1番奥の部屋へと案内してくれる。
仲居さんは、膝をついて、襖を静かに開けた。
「お連れ様をご案内いたしました」
中には藤色の綺麗な辻ヶ花の訪問着をお召しになった、祖母と同世代だと思われる小柄な女性と、銀縁…眼鏡の……男性が……座っている。
「こんにちは。お待たせして申し訳ありません」
祖母は朗らかに挨拶をするけれど、私は男性から目が離せない。
「菅…原……、なんで……」
男性は私を見て、驚いたように呟く。
「藤城課長こそ、なんで……」
私たちは、お互いを見合ったまま、固まってしまった。
私を待っていたのは、先月、うちの課に異動してきたばかりの、私が苦手な直属の上司。
銀縁眼鏡が冷たい印象を与える彼は、私が最も苦手なタイプ。
仕事はできるけど、仕事中、常に冷静でにこりともしない。
前の上司は、常にウケもしない親父ギャグを飛ばす明るい人だったから、余計にとっつきにくく感じてしまう。
「まぁ! もしかして、凛華ちゃん、お知り合いなの?」
祖母が驚いたように尋ねる。
私は、こくりとうなずいた。
「私の上司の藤城課長」
私が答えると、藤城課長の隣の女性もパッと明るい笑みを浮かべる。
「まぁ! うちの会社で働いてくださってたの?」
あ、ということは、藤城課長って、社長のお孫さん!?
私は祖母の話を思い出す。
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