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おじいちゃんがボケてしまったらしい。
その顔は心ここにあらずといった様子で、自分が誰なのかもわからなくなってしまったようだ。
この部屋に居たいとか居たくないとか、こんなの食べたくないとかお腹が減ったとか、この服がいいこれじゃ嫌だ――と衣食住の本能だけで生きている、そんな存在になってしまった。
おじいちゃんは確かに私達の目の前にいるけれど……実はどこにもいないのだ――とワケのわからない考えで頭がヘンになってくる。
悩んだ末、私はそのヘンな考えを言葉にすることができた。
「おじいちゃん。今どこにいますか?」
ボケてしまったおじいちゃんのお世話をするとき、私はそう問いかけることにした。
すると、おじいちゃんは、たまに目をパチクリさせて、そう、まるで目が覚めたような表情をするときがあることに私は気づいた。
もしかして、そのとき、頭の正常なスイッチが入って、ボケた状態から抜け出しているのではないか?――と私は疑った。
私のその疑いは的中した。
正気に戻ったおじいちゃんはボケていたとき感じていたことを語ってくれた。
「おじいちゃん、ボケちゃってたのか? そうかあ。ずうっと夢の中にいた気がしたよ。自分が誰であるかわかってるのに、でも、何をしたいか考えて決められないんだ。流れる景色の中を、気が向くままに歩いているって感じ」
おじいちゃんは白昼夢を見ている状態だったのか。私達から見たらまるで夢遊病者ね。
「でも、またボケ状態に戻ったら、こんな話をしたことも忘れちゃって、それで、また元に戻ったら、同じ話をするんだろうかね。死ぬまでずうっと、その繰り返し……」
おじいちゃんは寂しそうにそう言ったけれど、私は笑ってみせた。
「それでもいいじゃない。帰ってくるところがあるから。おじいちゃんが道に迷わないように、私がいつもおじいちゃんに問いかけてあげる」
「今どこにいますか?」って――。
おじいちゃんは満足そうに微笑み、
「そうかあ。じゃあ、ボケちゃったおじいちゃんも、一言言わないといけないなあ」
「なにかしら?」
「お昼ご飯まだ?」
「さっき食べたで――あ、まだです」
「ボケてないじゃん」
おじいちゃんは高笑い、そして、目を閉じた。そこでまたボケちゃった状態に入ったのだろう。
おやすみ。おじいちゃん。また目が覚めたら、おしゃべりしようね。
<終わり>
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