未来

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未来

 それから数時間、私の前には美味しそうなスープがある。壁を背に座らせてくれて、突然現れたミニテーブルの上に乗せてくれた。  スープもテーブルもアーリュの手製だと思われる。スープは温かく、とても優しい味がした。 「あ、あの、アーリュさん……わ、私はこの家で何をすればいいんでしょうか……」  自ら問うのがタブーだと分かってはいる。だが、未知である不安に勝てず尋ねてしまった。それに、この人なら怒らないかもしれない、と少しだけ期待をもしてしまった。 「そうか、説明を忘れていたね! えっと、僕はね、足を無くしてしまった子に、新しい足を作る人になりたいんだ。義肢装具師ってやつ。義肢ってお金持ちは使えるけど、貧乏人は使えないじゃないか」  あっさりと示された回答により、色々なピースが噛み合う。 「新しい足……もしかして、ここに色々あるやつですか?」 「そうそう、これは作りかけの作品たち。で、お庭のは失敗作たち。安い費用でって考えると、重かったり痛かったりして中々上手くいかないんだよねぇ」  義肢の存在自体を知らなかったが、代わりの足との情報だけで、本来高価な品であることに納得できた。  それを手の届くものにしたい、とアーリュは言っているのだろう。そして実現するべく奮闘している。  私が武器として変換した道具も、工具だったのだと理解した。 「あ、僕もね、左膝から下がないんだよー。戦争で無くしてね。どうにか再び歩きたいと思って作り始めたんだ。今は一番マシな奴を付けてるよ。重くてずっとは着けてられないんだけど」  軽く言いながら、器用に足を上げる。死角になっていたアーリュの左足には、木製の義足が付いていた。自然な歩行により、全く気付かなかった。目の前の物体を目に、感情が昂った。 「協力者を募ったこともあったんだけど、金持ちは自分さえ良ければって人ばかりだし、貧乏人は金のかかることはやりたくないっていって結局僕一人さ。それはまぁ、寂しい寂しい孤独な作業な訳で。好きでやってはいるけれど、話し相手が欲しくなったってね。ついでに制作の協力もしてくれる子だと助かるなーって思って、君をお迎えしました。贅沢はさせられないけど、ひもじい思いもさせないつもりだよ。……えと、嫌だった?」  またも流れるよう語ってくれたアーリュに、一瞬笑みを溢しそうになる。だが、溢す前に消してしまった。  私が笑えるようになるのは、きっと遠い先での話だろう。夢見ることを許されなかった、輝く未来での話――。 「そんなことないです。私、お役に立てるのなら嬉しいです。贅沢など求めません。それにお申し付け頂ければなんでもします」 「そんなに固くならないでよ。あ、そうだ、また忘れてた! 君の名前も教えてほしいな!」 「名前……」  打って変わって過去に記憶をタイムスリップし、十年前に時を戻す。  掠れすぎた記憶の中、その情報だけは今も鮮明に残っていた。私が愛されていた、唯一の証でもある記憶だ。  母親が呼んでいた――十年間失われていた私の名は。 「私に似合わない名前では……あるんですが……エルワール……と申します……」 「そうか、"希望"か。君にピッタリの名前だね」  そう呟き、アーリュは初めて優しい微笑みを飾る。  やはり、彼も私同様緊張していたようだ。こんな私なんかを前に、彼は。  どうして生まれてきたんだろう。必死に生きてきたんだろう――何度も溶かしては凍らせてきた問いがほどける。  足を失って良かった――なんてことは思えない。けれど。  ああ、そうだ。きっと私はここに辿り着く為に生まれ、生きてきた。彼と共に希望になるために。名前に恥じない人間になるために。 「足を失った、全ての者に希望を。宜しく頼むよエルワール」  アーリュがスプーンを置き、右手を差し出してくる。触れることに数秒戸惑ったが、不思議そうな彼を見て吹っ切った。 「……はい!」  繋がったその手は強く、それでいて優しかった。
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