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恐怖
荷馬車が止まる。結局朝まで思案してしまい、一睡も出来なかった。大きな足音を鳴らし、現れた運び屋がこちらを覗き込む。
ついに、この時が来てしまった。待ち受ける暗闇に、心臓が絞られる。震えも止まらなかった。
運び屋が太い手を伸ばし、容赦なく私を持ち上げる。小脇に抱えられ、不安定な石造りの道を歩き出した。
向かう先から、何かを打ち付けるような物音が轟いている。十年を過ごした、地下での音によく似た響きだ。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!
死より恐ろしい経験は何度もしてきた。けれど慣れることは出来なかった。心は殺せなかった。
「旦那、例の品を運んできやした!」
音を打ち消すよう運び屋が叫ぶ。だが、届いていないようで音は消えなかった。
暴力を加えられるシーンが、脳内を流れ始める。金槌や、皮の鞭での痛みが蘇った。
「ここの旦那は、本当何してるのかわかんねぇな。旦那ー、あっしは次の仕事がありますんで、ここ置いとかせて頂きやすー」
言い残すと、扉横の壁に背を付け座らされた。瞬間、目に飛び込んだ物体の数々に冷や汗が滴る。
庭一面に、木々で作られた何かが並んでいた。それぞれ個性がありつつも、どこか統一感のある形の物体だ。それは、儀式でもするかのように整列している。
一瞬正体に迷ったが、その答えに気付いた瞬間、汗が更に溢れ出した。
目の前で並ぶ何か。それは――恐らく手足の模型だ。
切り刻まれる。そう悟った。
きっと、人体模型では飽き足らず、生身の人間を捌きたくなったと言うところだろう。既に足のない私なら、安く買える上、更に刻もうと勿体なさを感じることもないだろうから。
頑丈に結ばれた紐になど構わず、力一杯身を乗り出した。当然、体は前に倒れ、顔から地面へと衝突する。だが、お構いなしで身を捩った。唯一自由な片足を軸に、石畳の上を這いつくばる。擦り傷など痛くもない。
今なら逃げられる。そう本能が判断していた。
なんて、簡単に行くわけがないのに――。
「どこにいくの」
若い男の声が降り、体が浮く。逃亡を咎めるかのごとく、両腕で確りと抱え込まれていた。そんなことをしなくとも、体は硬直し、動かなくなったというのに。
「ごめ……なさ……お許し……下さ……」
それでも必死に声だけは絞りだし、地下で身に付けた術を発揮した。意味なんてないと分かっていても、止められなかった。
結局、そうしたところで、痛みからも辛さからも逃げられはしないのに。
「取り合えず中に入ろうか」
妙に静かな男の声が、不気味で不気味で仕方なかった。
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