133人が本棚に入れています
本棚に追加
***
モモが永眠したのは年が明けて間もない、一月七日の夕方過ぎのことだった。
私は非番で家にいた。というより、大晦日に転んで負傷した足を無視して年始も働いていたら、見事に腫れてろくに歩けなくなり、数日前からお休みをいただいていたのだ。
夫は仕事でまだ帰宅していなかった。
私はソファーでモモを抱き抱え、撫でてやっていた。そうしたら、最近ほとんど声を出すこともなかったモモが突然「ニャーン」と鳴き、身体をビクビクッと震わせて。
抱いていた腕に生暖かいなにかがジワッと広がった。それが尿だとようやく気づいた時、モモの小さな腹部はもう上下していなかった。
ああ、逝ったんだ──。
まんまるい瞳をそっと閉じてやり、ウエットティッシュで身体を綺麗に拭いてから、モモ専用のベッドに寝かせる。そういえばこのベッド、せっかく買ったのにいつも私と寝たがって、ちっとも使ってくれなかったっけ。
「モモ」
ただ眠っているだけにしか見えないモモに声をかけ、そっと背中を撫でる。まだこんなに温かくてやわらかいのに。その背中は少しも上下してくれない。
別れの覚悟なんてできないと思っていたけど、その時が来れば受け入れるしかないことを、私は人生で初めて思い知った。まるで水中で息を止めているような圧迫感が、胸を締め付ける。
でも涙は出なかった。目の前の現実を頭で受け入れることと、心で実感することは違うのだ。だってモモはまだこんなにも温かい。
「……ああそうだ、ペット葬儀屋に連絡しなくちゃ」
うわ言のように呟いて、テーブルの上に投げ出されたスマホを手に取り電話をかける。別れの覚悟はできなくても、別れの準備はできてしまうのが人間だから、番号はとっくに調べて登録してあった。バカみたい。
葬儀屋の手配を済ませ、しばらくの間モモの傍らでぼんやりしていたら、分厚いガラスの向こう側みたいに遠い場所でバタンとドアが閉まる音がした。夫が帰ってきたのだ。
出迎えにも行かずに座り込んでいたら、「ただいま」の声と共にリビングのドアが開いた。私はゆっくりと顔を上げる。
「おかえり。あのね、モモ死んじゃった」
口に出せば実感できるかと思ったのに、やっぱり全然できなかった。
「……そっか」
優介は小さく頷くと、ベッドで眠るモモを挟むように、私の向かいにしゃがみ込んだ。
「モモ、お疲れ様」
そう言ってモモの身体をそっと撫で、それから、静かに涙を流す。
なんだか無性に腹が立って、彼から目を逸らし、カーテンが開けっ放しの窓に視線をやる。ついさっきまで赤かった空は、とっくに日が落ちていた。
最初のコメントを投稿しよう!