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お店があまり忙しくなければ、一緒にお酒をいただくこともある。従業員の中で紅一点の私は、特にそれを求められることが多い。
「理子ちゃん、やめとけー。そいつと酒飲むと妊娠すんぞー」
「うるせえぞ、ハゲ。自分がもう勃たねえからってよ」
「なんだと、俺はまだ現役ビンビンだからな」
「どうせドーピングだろーが」
ただでさえいつもこんなノリ。その上お酒の相手をさせられるなんてと、今まで女性のバイトを雇ってもちっとも続いてくれなかったらしい。
が、私は問題なく楽しめるタイプ。多分、昔この町の夜を経験したからだと思う。
私はかつて、駅の向こう側にある賑やかなショットバーに勤めていた。もう何年も昔、夫と出会うよりも前。二十代前半の話だ──。
などと過去に思いを巡らせる暇もない。外は月も震える十一月半ばの夜。雨がようやく止んだら止んだで、ぐっと下がった気温を理由に、常連が「今日はやけに冷えるなあ」などと身を縮めながら来店する。
予想通り今日は客足が絶えず、夜八時を迎えた店内はてんやわんやだ。
「すんませーん、ホッピーふたつー」
テーブル席の見慣れぬ客からも声がかかる。
「はーい、ただいま!」
バタバタと忙しなく動き回っていれば、またガラッと格子戸が開く音。
「おっ、いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ!」
空のグラスを両手に持ったまま、ほのかな冷気を運んでくる入口へと視線を投げれば、もうすっかり見慣れたスマートなシルエットがそこにあった。
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