134人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれ店長、今日どしたの? なんか急に人気店じゃん」
こちらが空席を案内する間もなく、勝手知ったる様子でカウンターの残り一席に手をかけた彼は、黒のチェスターコートを脱ぎながら親しげな笑みを店長に向ける。
コートの下は白のニットにダメージデニム。ウルフショートのアッシュブラウンヘアは、今日も綺麗にセットされている。
手足の長いモデル体型に、白い肌。キリッとした眉の下にある色素の薄い瞳は甘く垂れていて、綺麗な鼻筋に形のいい唇。
端的に言えば、お洒落なイケメンだ。初めて会った時には思わず見とれたほどの。
飾らないオジサマだらけの店内で一際目立つ若い彼も、この店の常連客。
名前は橘悠貴さん。キープボトルのタグにフルネームが書かれているから覚えてしまった。
不思議に思って一度店長に尋ねたら、彼のお父さんのボトルと区別するためだと教えてくれた。
「何言ってんだ悠貴。うちは年がら年中繁盛してるぞ」
「あはは、確か一昨日は閑古鳥が鳴きまくってた気がしたけど?」
笑いながら腰を下ろした彼に「どうぞ」とおしぼりを差し出す。「ありがと」と微笑まれて、一瞬、港酒場のような騒がしい店内に、消えかけのネオンサインが見えた気がした。
数いる常連客の中で一番年が近いこの彼とは、ほとんど会話したことがない。用がなくてもすぐに話しかけてくるオジサマ達と違って、悠貴さんは私に絡んできたりはしないのだ。
だからよく知らない。でも、いつも思う。
彼はなんだか、深い夜の匂いがする。
最初のコメントを投稿しよう!