134人が本棚に入れています
本棚に追加
「これからです。店長に頼まれて、先に電気屋さんに寄るところで。電球が切れたとか」
「え、そうなんだ。開店前に自分で行けばいいのに、あのオッサン人遣い荒いねー」
「あ、それがもうお客さんがいらっしゃってるみたいなんですよね」
「もう? あ、どうせ松さんでしょ」
悠貴さんはとても表情豊かで、人懐っこい話し方をする。レスポンスが早いから賢い人なんだろうなとか、ときどき少し舌っ足らずな発音が混ざって可愛いなとか、やっばりモデルみたいに綺麗な顔だなとか考えていたら、私の緊張もいつの間にかほぐれていた。
「あはは、正解です。ところで悠貴さんはどちらへ?」
ごく自然に出てきた笑顔でそう尋ねた時、会話の後ろでカンカン喚いていた警報音がようやく止まった。どちらからともなく歩き出し、ゆっくりと上がり始めた遮断機をくぐる。
そういえば、優介以外の男性と並んで歩くのは久しぶりだ。仕事以外でこんな風にお喋りをするのも。最近私は優介とどこかに出かけるどころか、二言三言しか会話をしていない。
「俺はさっき仕事が終わって帰るとこ。俺んち、交番の先なの。わかる?」
「あ、なんか専門学校の辺りですか?」
「美容学校ね。でもそこよりは全然手前。そういえば、理子ちゃんちは?」
「うちは西桜台で......」
と答えながら足を止めた。踏切を渡り切れば電気屋はすぐそこなのだ。なんてことないお喋りは楽しくて、なんだか少し名残惜しい。
「あ、じゃあ私はここで」
「うん。あとでなごみ行くから。待ってて」
悠貴さんはやっばりどこか夜の匂いのする笑みを浮かべて言うと、目の前の道を歩き出す。
その後ろ姿をしばらく見つめながら──どうしてだろう、もう止んだはずの警報音が、脳内でカンカンカンと残響していた。
最初のコメントを投稿しよう!