1:落日

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 勝手に耳に入ってきた情報によれば、妻のまりかは自宅マンション13階のベランダから墜落死したらしい。遺書も見つかって、警察は自殺と断定。  いつもは賑やかな夕方の情報番組も、やけに湿っぽいムードで放送している。 『やはり夫であるジュンさんの不倫が原因なんでしょうか』  女性コメンテーターが、いかにもしかつめらしい顔で言った。  もしそれが真実なら、あまりにくだらない。たかが不倫されたくらいで、と呆れるを通り越して憤りすら感じる。  心の傷を軽んじているわけじゃないし、経験もない私が偉そうに言えることじゃない。けれど、その傷は命を投げ出すほどのものなのだろうか。  人生はやり直せる。でも、命は二度とやり直せない。  無意識に撫でたモモの背中にはもう肉がなくて、細い骨が浮き出てゴツゴツしている。簡単に投げ捨てる命なら、代わりにこの子に与えてほしい。  でも、そんな気の利いた神様はいてくれない。 『……それでは明日二十四日、関東の天気です』  放送はいつの間にか天気予報に移っていた。日付けを耳にして、明日がクリスマスイブだということを初めて知る。  でもどうでもよかった。特別な日なんて欲しくない。  明日も、今日と同じただの一日がいい。今が変わってしまうのが、いちばん怖いから。  不意に、カチャリという音が、開けっ放しになっていた廊下へのドアの向こうから小さく響いた。 「ただいまー」  優介の声だ。復職プログラム期間中だから、夕方の四時過ぎにはもう帰宅する。 「おかえりー」  膝の上のモモが知らぬ間に眠っていたから、出迎えはせず大きめの声だけを返した。
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