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廊下を歩く音が近づいてくる。
「そういえば、明日クリスマスイブだよね」
コートを脱ぎながら登場した優介は、開口一番そう言った。外の風はかなり冷たかったのだろう、頬が少し赤い。
「そうだね、忘れてたけど」
「理子、明日は仕事だっけ?」
と尋ねながら、私の前を通り過ぎていく。リビングの先に寝室がある。部屋着に着替えるのだろう。
「ううん、明後日まで休み」
「そう。じゃあ明日は、帰りにクリスマスケーキでも買ってこようか」
開け放した寝室から聞こえてくる優介の声は明るい。そういえば、復職してからの彼は、家にいた期間よりも元気になった気がする。
うつ病が治ったのか、そもそも本当にうつ病だったのか。もしくは、先月の大喧嘩を気にしているのか。はたまた、モモのことで私に気を使って明るく振舞っているのか。
ボンクラ妻の私には、夫の心が少しも見えなくて、「うん、よろしくー」と返すくらいしかできない。
やがて上下グレーのスウェットに着替えてきた優介は、私の隣にボフッと腰を落とした。
なんとなく、緊張する。
先月の大喧嘩以来、私は夫との距離を図りかねたままだ。
きっかけはどうであれ、復職してくれた今となっては、あんな喧嘩はどうでもいいはず。なのに、心のどこかに何かが引っかかったままになっている。それが何なのかもわからない。
かと言って蒸し返すのも嫌だから、今まで通りを意識する。でもそれを意識し過ぎて、何を話せばいいのかわからなくなる。
「あ、沖まりか死んじゃったんだよね。休憩中スマホニュースで見てびびった」
悶々としていたら、テレビに目をやりながら、優介が言った。
すっと全身の力が抜ける。
「うん、びっくりした。不倫騒動から結構経ってるもんね」
変なの。こうして話題を振られれば、もうすっかりいつも通りに話せるのに。
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