1:落日

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***  暮れに夫が実家に帰った。  と言っても、ただの帰省。優介の実家は四国でそうそう行けないから、毎年お盆や正月に二泊三日くらいで帰るようにしている。  でも、今年はさすがに帰省しないと思っていたのだ。モモがこんな状態だし、もちろん私は同行できないし。  なのに、まさか優介が自分ひとりで帰ると言い出すとは。しかも、例年より長めの四泊五日。三十日の朝に出発し、年明けの三日に帰ってくるらしい。  なんというか、呆れ返った。家族を大事にするのは素晴らしいけれど、私とモモだって優介の家族なのに。  それに、私は晦日、大晦日と仕事が入っていた。優介がいてくれないと、数時間とはいえ弱ったモモをひとりぼっちにさせてしまう。  でも、それを口にできるエネルギーはなくて、大人しく「行ってらっしゃい」と送り出した。最近の私達はちっとも夫婦できていない。  ひょっとしたら、優介も私といることに息が詰まって実家に戻ったのかもしれない、とも思った。あの人に逃げ癖があるのは、長期休暇の件で重々承知している。  付き合っている時には全く見えなかった彼の一面。結婚というのはつくづくギャンブルだ。向こうも今頃、それを切に感じているかもしれないけれど。  夫が出発した三十日はみな飲み納めなのか、なごみは夕方早くから大盛況だった。てんてこ舞いになりながら仕事をこなし残業までして、ダッシュで終電に乗り込む羽目になった。  翌日の大みそかはガラガラで、顔を出したのは一部の常連さんくらい。のんびり仕事をし、「よいお年を」をいくつかバラまいて退勤した。  何が「よいお年を」をだろう。  優介はよくわからない鬱病で長期休暇、私が家計を養い、モモは寿命が近づいている。オマケに優介とは大喧嘩してわだかまりが残ったまま、一緒に年も越さない始末。今年は何ひとついいことなんてなかった。  寒さで真っ白なため息をつきつつ歩道橋を渡っていたら、ぼんやり考え事をしていたせいか、階段の最後の一段を踏み外して転んだ。  右足首にズキズキとした痛み。本当に、ろくでもない年越しだ。
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