水の中の小さな満月

プロローグ

　そう、私はちゃんと幸せなのだ。

　十三畳あるリビングダイニングキッチンは、六十インチのテレビに二人掛けのテーブルセット、ローソファーとローテーブルを置いて尚、スペースが余っている。

　交通量の多い大通りに面しているから騒音とホコリは気になるものの、窓は年間を通して過ごしやすい西向き。ちなみに六階、景観は悪くない。

　プラス八畳と六畳がひと部屋ずつあって、寝室とドレッサールーム兼書斎。片方和室なのが少し残念だけれど、子供のいない私達が暮らすには充分すぎるくらい広い。

　トイレもお風呂も綺麗。板チョコみたいな外観もまあまあ気に入っている。

　それより何より、ここはペット可物件。ペット、特に猫が飼える賃貸はそうそうないし、それだけで百点満点にすべきだろう。

　人間は気を緩めるとすぐに欲張り出す生き物だから、気をつけなくちゃいけない。風船を膨らませ続ければ、いつか破裂してしまうのだ。

　私の幸せの風船は、もう充分に満たされている。

「申し訳、ありませんでした……」

　深めに吸った煙を換気扇に向けてゆっくり吐き出していたら、付けっぱなしのテレビから男性の押し殺したような声が聞こえてきた。最近メディアを賑わせていた人気俳優、颯(はやて)ジュンの不倫騒動、その謝罪会見らしい。