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炭色をした町屋風の格子戸がガラッと開かれると、少し暖か過ぎるくらいの店内に、湿度たっぷりの冷たい空気が舞い込んだ。
「いらっしゃいませー」
現れた中年客が入口でニット帽やコートの水気を払っている間に、私はタオルウォーマーからできるだけ温かい一本を取り出して、ビニールの封を破る。
「松さん、おしぼりどうぞ」
「お、理子ちゃんありがと。今日もべっぴんさんだねえ。あーあ、マリンちゃんなんかより理子ちゃんに貢げばよかったよ」
「あら、さてはパチンコ負けましたね?」
軽く笑って返しつつ、店長がカウンターの向こうから差し出した泡の溢れそうな中ジョッキを受け取った。
ほぼ毎日顔を出してくれる常連、松さんの一杯目は必ず生ビール。そのあとは麦焼酎の麦茶割りだ。
「いやあ参ったよ。ボロ負け。大人しく帰ろうと思ったらこの雨だろ。散々だよ」
家はここからほんの十メートル先だというのに、そうぼやいて肩を竦める松さんに、
「よく言うよ、ピーカン照りでも飲むくせに。ボロ負けついでに、新しいボトルでも入れてくか? 松。いいちこがもう空きそうだぞ」
と店長はからかいながら、お通しの小鉢を出した。今日はタコブツだ。
「今日は勘弁してくれよ。つーかタコって、海打って負けた俺への当て付けか?」
なんてぶつくさ言いながらも、松さんはすぐに箸を伸ばす。ジョッキが空くのもきっとあっという間だろう。私はボトルセットを出しに厨房へ向かった。
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