でも、それだけで。

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 快大と深優は大学のテニスサークルで出会った。  二つ先輩の深優は、出会った当初は年相応に華奢で、華のある人だった。言葉がキツめで、最初は苦手だった。  でも一緒に活動すればするほど、言葉のキツさは面倒見の良さの裏返しだとわかった。快大がアホなことをすれば、深優は「バカなんだから」と笑ってくれた。その笑顔が最高に可愛くて、ずっと笑ってくれればいいのに、と快大は思った。  深優にアプローチをしても、全然相手にしてくれなかった。  アプローチを続けていたある日、深優が他の男子部員に、「キツイし、可愛げのない女」と、悪口を言われているのを聞いてしまったことがある。快大は(はらわた)が煮えたぎるのを感じたけれど、深優の可愛さは自分だけばわかればいいのだと、なんとか拳を収めた。  その日のサークル終わりの夜、快大が忘れ物を取りに部室に行けば、暗い部屋に人影があった。(すす)るような声が聞こえて、快大は驚いた。  深優が背中を丸めて泣いていたから。  快大が近づいて、「深優先輩」と声をかけると、深優の背中はびくついた。 「……杉山でしょう」と、深優は、懸命に涙を堪えた声を出した。  「抱きしめてもいいですか」と、快大が聞けば、「……こんな可愛くない女、抱きしめてもいいことないわよ」と、深優から弱気な声が帰ってきた。  男子部員たちに何か言われたんだろう、と快大は怒りで沸騰しそうになった。やっぱり、昼間に殴っておけばよかった、とも。  快大が深優を後ろから抱きしめて、「深優先輩ほど可愛い人はいませんよ」と真剣に言えば、「趣味が悪いわ」と、深優はさらに泣いてしまった。  この日を境に、二人の交際はスタートした。  深優は快大と共用のトイレしかないと用を足すことができなかったり、性的なことが苦手だったりと、快大が思っていた以上にシャイで、何かと気にする人だった。  快大はよく叱られたけれど、最後には必ず、「仕方ないわね」と、深優は笑ってくれた。  深優はケーキが好きで、見つける度にお土産にしたり、バイキングに連れていったりしていたら、深優は膨らんでいった。深優は内心気にしているようだけれど、快大はそんなところも可愛いと思っている。自分に心を許してくれている証のようで。  
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