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「The storm was not an angry one anymore.
Nice steady rain made a lullaby sound on the roof of the cabin.
So Margaret got into her bunk.
She blew out her lamp, curled up inside her nest of blankets and fell asleep.
The day on The Maggie B. was over. ・・・」
(『THE MAGIE B』 Irene Haasより)
そうっと絵本を閉じて、傍らの子供たちの顔を覗き込む。
広い寝台に、妹の清乃と、弟の憲二。
まるで小鳥のように肩を寄せ合って目を瞑り、規則正しい寝息をたてていた。
どうやらなんとか夢の国へ旅立ってくれたようだ。
俊一は枕元に腰を下ろしたまま、二人の肩にキルトケットをかけ直す。
「・・・眠ったか?」
ノックなしで部屋へ滑り込み、忍び足で寝台に近付き覗き込む男の腕には、生まれてまだ数ヶ月の末弟が抱かれていた。
「ようやく・・・な」
一年ぶりに会う父親に、興奮しないわけはない。
二人は目をらんらんと輝かせ、俊一にまとわりついた。
そして寝かしつけるための読み聞かせの絵本は一冊では到底済むはずもなく、次々とせがまれた。
ついには怪奇ものの昔ばなしを紐解き、化け物が手当たり次第に人々を食べ始める段に至ると、その節回しが気に入ったのか、二人は寝台で跳ねて歌い始めた。
『た~べちゃった、たいらげちゃったー』
きゃっきゃと清乃と憲二が子犬のように転げ回り、とても昼寝どころではない。
「清乃のおてんばぶりは、まるで山賊だな…」
実際、海賊になって世界を回りたいと言い出す始末だ。
今頃、夢の中で憲二と物語の海に乗りだしていることだろう。
「勝己もそこに寝かせて良いか?」
「うん。もちろん」
腰掛けていた寝台から身体をずらし、憲二の横に赤ん坊の場所を作る。
「・・・お前はよく寝るなあ」
ちいさな両手を開いてだらりと落とし、安心しきった寝姿につい笑みが漏れた。
「一番、大物かもしれないな」
傍らに腰掛けた峰岸覚も笑う。
その穏やかな笑顔に、俊一は見とれた。
一年に一度と決めた約束の日を待たずに再会できて、天にも昇る気持ちだ。
実は三日前に俊一がこの別荘へやってくるのにあわせて祖母が覚を呼び寄せ、俊一への早めの誕生プレゼントだと、悪戯っぽく笑った。
彼女は、俊一と覚の何もかもを理解し、見守ってくれているのだ。
「さとる」
「うん?」
そっと顎を挙げて唇を差し出すと、ゆっくりと重ねてくれた。
夢にまで見た、優しい唇。
もう十八歳になるのだからと、数年間わからなかった覚の居場所も祖母は教えてくれた。
現在の日本の政財界で活躍している派閥の一つに長田家という、製薬会社を母体にした一族がある。
彼らは人材育成を趣味と豪語して憚らない。
血族ばかりだけでなく、これはと見込んだ人間ならば国籍も問わず受け入れ、それぞれに適した教育を施した。
通称、『長田塾』。
覚は、真神家で住みこみ家政婦を務めていた母が急逝した後、今は亡き祖父の尽力でそこに籍を置き、現在留学中だ。
そもそも政財界は網の目のように姻戚関係が張り巡らされている。
当然のごとく祖母の実家である桐谷家と長田家には代々密接な繋がりがあり、覚と連絡を取るのは容易なことだったらしい。
しかし、今ここに覚が滞在していることは秘密である。
父に知られたら、もう、二度と会えないかもしれない。
そう思うと、ますます離れがたく、子供たちに遠慮して触れ合うだけのキスに焦れてくる。
「もっと・・・」
呟きは、吐息と一緒に絡め取られた。
父の惣一郎が、祖父の実質的愛人だった覚の母の峰岸夕子を嫌っているせいで、覚の存在自体を無視されている。
おそらく、元総領の愛人の連れ子などのたれ死んでいると思っているだろう。
いや、そうでなければ、気が済まないのだ。
なぜならば、祖父と峰岸夕子の恋愛は、俊一の生みの母である桐谷光子とその養父である桐谷輝実のただならぬ関係を連想させるからだ。
光子は古典になぞらえて、紫の上とも、待賢門院とも影で囁かれていた。
年の離れた養父の娘であり、愛人であった女だと。
暗部を影で操る化け物と噂された輝実には子供がおらず、気まぐれに何人もの養子を設けては、どれも途中で飽きて放逐していた。
その中で、唯一残ったのが光子だ。
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