七 「二人の河」~幼き頃・智也編~2

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七 「二人の河」~幼き頃・智也編~2

 坊主頭たちが歓声を上げていた。  みんなが継ぎ接ぎだらけのズボンを穿いている。  バッターボックスに立ち構えている袖口が鼻水の跡でてかてかと光っている。  シーンは満塁で絶好のチャンスを迎えていた。  ピッチャーが背を向けて、「ツーアウト」と守備側に声をかけた。  智也たちが野球をしていた。  小学校五年生の頃、智也たちの野球は変則ルールで行われた。  お金がなく、道具が思うように揃わなかったし、一チーム九人もの人数が揃うこともほとんどなかった。  ボールはテニスの庭球ボールで、バッターはバットを持つ代わりに利き腕の手を平手にして打った。  ベースは当然手書きのベースであり、ほとんど道具のいらない野球である。  バッターをアウトにするためには、ランナーより早くベースにタッチをするか、またはランナーがベースを離れている時に、ボールをランナーの体に当てればいい。  守備は一チーム六人以上ならば三塁ベースまで作り、六人以下の人数ならば二塁ベースを外し、間隔を少し狭めて逆二等辺三角形にダイヤモンドを作り変えた。  今日は五人ずつの組み分けで対戦をしている。  智也がバッターボックスで再び構えた。  ピッチャーは同い年の鶴田和年だ。弱い者いじめをする、智也のもっとも嫌いなやつだ。  一球目、鶴田がわざと智也の顔を狙って投げた。  智也は難無く躱した。二球目、智也はジャストミートした。ボールはセンターを遙かに超えた。  千恵が好シーンを観て拍手をした。  大人の智也が少し照れ笑いをした。  智也は当時の記憶を思い出しながらスクリーンを眺めた。  智也が三塁ベースを回ったところで、ふくらはぎに異変を感じた。  智也がホームベースを踏んだ時、智也に向かうチームメートの足下が見えた。智也はホームベース上で倒れた。  周りは大逆転のホームランで大騒ぎをしていた。  突然、智也が理由もなくひっくりこけたのを見て、チームメートが驚いた。 「智也どうした」  みんなが智也に群がった。 「痛い、痛い」  足を棒のように伸ばし、智也は鈍痛に耐えた。  智也は昔の自分をはっきりと思い出した。  智也は過激な運動を続けるとよく腓返(こむらがえ)りを起こした。 「お前の足がよく腓返りをするのは、その火傷のせいや。お母さんの不注意のせいや。お母さんの責任や」  智也が腓返りをする度に、母は自分を責めた。 「俺の鍛え方が足らないからや」  智也は母をかばったのだが、母は目を赤くした。そんな母を思うと、智也は辛かった。  しかし、運動量が二時間と持たない智也の足では、本格的な野球を続けることなどできなかった。専門の医者に診せたわけでないので、医学的には何もわからないが、成長期には骨と筋肉の伸びに皮膚の成長が追いつかないのか、皮膚が引っ張られるような、足がぱんぱんにはっているような痛みを感じ続けた。  智也は二十歳を過ぎるまで、自分が好きな野球を続けられなかったことに未練を持ち、歯がゆさも感じた。  智也は自分に与えられた境遇を恨んだ。
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