八 「二人の河」~出会い~2

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八 「二人の河」~出会い~2

 智也はスクリーンを見つめながら、夢を閉ざされた千恵の悲しみを労るのではなく、逆に、内心はほっとした。  変わらない過去のこととはいえ、もしも千恵の夢が実現していたなら、二人はどうなっていたか。あのスーパーで千恵と出会えていなければ、二人はおそらく付き合うことなどできなかっただろう。  一瞬とはいえ身勝手な気持ちを抱いたことに、智也は恥じた。  人の不運に満足感を味わっている自分が、とても心の狭い人間に思え、自分の心の狭さが(あだ)となり、今の千恵を精神的に追い込み、結果的に追い出すようなことになったのではないかと反省した。  千恵は今のシーンを観て、親の意志に流された自分を後悔しているのだろうか。智也は横流しの目で確認をした。  千恵はなんら変わらない横顔でスクリーンを眺めていた。  智也には、千恵が二人の人生を静思(せいし)しているように思えた。  智也は大学を卒業すると食品会社に務めることになった。  食品会社を選んだ智也にはある思いがあった。  幼き頃、家族が多くて、自分も、弟も、妹も、お腹いっぱい満足に食べられなかった思いである。  一般食卓に安くて美味しい食品をたくさんの家庭に提供できればと、智也は夢の実現を目指して今日まで仕事に励んできた。  入社式の時、金子が智也に近づき、親しげに話しかけてきた。  当時の金子は、今では想像もできないくらいやせ細った体型をしていた。 「安藤君だね。僕は君と同じ職場になる金子と言います。これからよろしく」 「こちらこそよろしく」 「安藤君がこの会社を選んだ理由は何なの」  人事部の面接官みたいな訊き方をする金子に対して、智也は真面目すぎる印象を受けた。それならばと、智也は金子の口調に合わせ、姿勢を正して面接口調で答えた。 「私がこの会社を選んだ理由の一つは、数年の実績で優秀な人材には海外派遣のチャンスがあると、会社紹介にも書かれていたからです。いつかは世界を叉に掛けてがんばりたいと思っています」 「安藤君って固いねえ」  金子が苦笑いをした。 「その科白、お前にだけは言われたくないよ」  智也は心の中で言い返した。  智也は映画で自分の成長過程を観ていたにもかかわらず、今頃になって気付いたことがあった。  自分自身に聞こえている声と映画の中から聞こえている声が、こんなにも違っているものだとは知らなかった。  外から聞こえてくる声は、意外と高い声で、ちょっと軽いような声にも聞こえてくる。  智也は自分の声がもっと低くて重みのある声だと思っていた。  知恵は少し驚いていた。 「男っていう人種は、実現しなくても、いつまでも自分の夢を語る子供みたいなものだから」と幸恵から聞かされてはいたが、智也が海外派遣の夢を抱いていたことを、千恵は今日まで知らなかった。  どうして智也は何も話してくれなかったのだろう。夫婦なのに。ショックだ。自分の存在が薄れていく事実を、千恵はまた一つ知った。  それにしても、自分の思いに頑固な智也が、どうして夢を諦めたのか。千恵にはそれが不思議でならなかった。この映画を見届ければ、それもわかるかもしれない。と千恵は心を静めた。
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