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八 「二人の河」~出会い~3
智也が希望している海外派遣には、販売促進の実績と新しい成果が必要とされた。
最初の六年間は販売促進部でインスタント商品の営業を経験した。
七年目からは販売促進部の冷凍食品部門に異動した。
共稼ぎが増える日本の食卓では、時間のかかる手作り料理から手軽に食卓へ出せる冷凍食品へと、消費者の志向が移り変わっていった。
仕事に脂が乗りきった智也は、異動から五年目に千恵と初めて出逢った。
神の導き、運命を感じた年である。
智也が餃子、焼売などの冷凍商品を持ち込み、本店にいる春と何度か交渉を重ね、やっと販売の許可まで取りつけた。
店内の一角に食品コーナーを設けて主婦層に試食をしてもらう。
最初の二日間は売れ行きが思わしくなかった。だが智也は笑顔と感謝を忘れずに一生懸命仕事に取り組んだ。
成果は三日目に現れ、徐々にリピーターが増えた。
一つ、二つ、保存用にと、手にしていくお客の反応がうれしかった。
ある日、智也が慌てたことが原因でミスをおかした。山積みにした商品に服を引っ掛けてばらまいてしまったのだ。
お客に頭を下げながら商品を拾い集めていた時、親切に手を差し延べ、快く手伝ってくれたのが千恵である。
千恵の若くて張りのある頬が智也の目に眩しく映った。
今までにない映像が映し出された。
二人がスクリーンに登場していた。
お互いを記憶した遺伝子が、二人を一つの映像として合わせられ、流されている。
智也と千恵は、若き日の自分たちを眺め、驚きを隠せなかった。
先ほど、スクリーンに吸い込まれるような気分を味わったことが、理解できたような気がした。
商品を手渡す時、二人の手が重なった。
智也は小さくてすべすべした千恵の手に温かさを感じ、千恵はごつごつした大きな手にはじらいを覚えた。
「大丈夫ですか」
「ええ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
言葉の少ない会話なのに、この時、智也は懐かしい人に出逢ったような感情を抱いた。
年の離れた千恵に、智也は一目惚れに近い恋心を芽吹かせた。
千恵はどうして恥じらいを覚えたのか、はっきりとは説明できないが、智也から不思議な温かさを感じ取った。
「じゃあ、がんばってください」
千恵が言い残してレジへと戻った。
智也は手渡された商品を手にしたまま千恵の後ろ姿を眺め続けた。
智也はスクリーンに見入った姿勢で、微笑ましい光景だと思った。
今にして思えば、千恵に懐かしさや親近感を覚えたのは、母たちから遺された家族への思いや家族を失った同じ境遇が、二人に抱かせた感情なのかもしれないと、智也は考えた。
千恵はこの瞬間に、母なる二人の人生から受け継いだ、悲しみや寂しさといった遺伝子の記憶を、智也と互いに癒しながら拾い集めているような気がした。
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