八 「二人の河」~流れの景色~18

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八 「二人の河」~流れの景色~18

 館長は智也と千恵のアンケートをアタッシュケースから取り出した。焼却処分をする前に、もう一度だけ読み返した。    あなたが今まで観た映画の中で、心に残ったタイトルは何ですか。  智也(黄昏)  千恵(黄昏)    あなたの想い出の場所はどこですか。  智也(定食屋)  千恵(定食屋さん)    あなたが今行きたい場所はどこですか。  智也(海外)  千恵(熱海)    あなたの好きな食べ物は何ですか。  智也(卵焼き)  千恵(肉じゃが)    あなたが今望むものは何ですか。  智也(妻)  千恵(心の支え合い)    あなたが嫌いなものは何ですか。  智也(条件)  千恵(無言)    二人にはまだ共鳴(きょうめい)し合う心が残されていた。  アンケートを並べて見ても、二人の回答からは、微笑ましく思えることが伝わってくる。  館長は遺伝子がなにも寂しさや悲しさだけを伝え遺すものではないと知っていた。二人には楽しかった想い出がいくらでもあったはずだ。今回、二人にとって優秀な遺伝子を抜き取るということは、心から望んでいるものを二人に気づかせること。それがテーマである。二人の歴史や事実を曲げたわけではない。  館長はゆっくりと立ち上がり、読み終えたアンケートをそっと暖炉に入れた。熱のこもった黒い跡が白い紙を這うようにすべての文字を覆い隠した。  館長は紙が燃え尽きるまで見届けた。  二十代後半に見える女医の孫娘が部屋に入ってきた。 「おじいちゃん、映画が終わったみたい」 「ありがとう。では行くとするか」  館長は埃でもはらうかのように衣服を整え、ドアを開けて二人のもとへ向かった。
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