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10 プリンス
「細かい話は後にして、食事にしないかね。特別なお客様だと言っておいたから、カッセルが腕によりをかけているはずだ。アレクセイくんも一緒に…」
言い終わらぬうちに、レイモンドがうれしそうに叫んだ。
「カッセル料理長の料理を食べられるかと思うと、顔が自然に綻びます♡ あっ、そうだ。船におみやげがあった…、取ってきます」
満面の笑みで立ち上がった男は、もう、総督の顔ではなかった。
アレクセイが声をかける。
「総督、僕が行きます」
レイモンドはアレクセイを叱ることもなく、にこやかに応える。
「ん~。いいよ、わかりにくいところに置いてるから、俺が行く。おまえはミスター・ラダーのお相手をしていてくれ」
すっかりプライベートモードにもどっていた。
「はい、わかりました」
扉が閉まるのを待って、アレクセイがケイジ・ラダーに向き直った。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。アレクセイ・ミハイルです。お見知りおきください」
ケイジ・ラダーが歩み寄って手を差し出す。
「こちらこそ、よろしく。先ほども言ったが、一度、第4艦隊司令官に会ってみたいと思っていた。お掛けなさい」
「ありがとうございます」
アレクセイは着ている服装にも関わらず、ピシッとして見えた。貴族的な顔立ちのアレクセイである、制服だったら、さぞ決まるだろうとケイジ・ラダーは思った。
「伺ってもよろしいですか?」
「なんだい?」
「どうしてミスター・ラダーは総督を信頼してくださっているのですか?」
「どうしてと? ふむ。それなら聞くが、キミはどうして彼に従っているんだ? 先ほどの様子を見ると、かなり厳しい扱いだったが…」
「命令に背いたんですから、あのくらいのことは…」
当然ですと続く言葉を捉えて、ケイジ・ラダーが聞く。
「誰も彼の命令には背かないのかい? 逆らうのはキミくらいなのか」
「いえ、あの人の命に関わることでなければ、僕は逆らったりしません。命令は絶対です。総督に逆らったり、反抗したりしたら…、殺されても文句は言えない」
「ワンマンなのか?」
アレクセイは少し考えてから、いいえと首を振る。
「総督は忠告にはきちんと耳を傾けておられます。会議では、どんな下っ端の意見も頭ごなしに無視することはない。でも、決定するのはご自身です。責任はすべて自分で取られます。人に押しつけることはありません。総督は誰に対しても厳しいですが、いちばん厳しいのは自分に対してです。それを知っているから、誰も総督には逆らえない」
「もし、彼が間違った判断を下したら?」
「それでも、僕たちは従うでしょう。諫められる人はいないのです…」
「……」
ケイジ・ラダーは眉をひそめた。
「大丈夫です。あの人があの人でいる限り」
「……そうか、そうだな。ミハイル司令官、キミの質問に答えよう。わたしも、彼が彼であるから、信頼している。
本質的に彼はやさしい人間だ。少しくらい間違いはあっても、人として踏み外してはならないことを知っている。それに、彼ができると言ったら、必ずやり遂げてくれると思っているよ。自分で言うのもなんだが、わたしは宇宙でも一、二を争う大企業の社長だ。人を見る目は確かなんだ。キミはいい男の下についたね」
「ありがとうございます。僕は初めて出会った日から、あの人に惹かれました。その頃は、華奢で美しくて、少女と見まがうような人でした。まだ、訓練を始められたばかりだったのに、この人に仕えたいと。銃も格闘技も、操縦だってあの頃は僕の方が上だったにも関わらず、そんなことを考えました。あの人はどんなときでも毅然としていた。たとえ叱られている時でさえ、生まれながらの風格が備わっていた。
“この人はプリンスとして、国を統べるためにこの世に生を受けたのだ”と思いました。
スラム出身だと聞いた後でも、その思いは変わりませんでした。そして、もしこの人が国を統べることになったら、僕は何としても仕えようと決めたんです。ですから、どんなに苦しくてもついていきますし、あの人のためなら人に後ろ指をさされても構わない。どんな卑劣なことでもやるでしょう」
「うらやましいくらいの信頼関係だな」
アレクセイが苦笑した。
「違います。関係ではなく、僕の一方的なラブ・コールです。コスモ・サンダーの構成員は、みな総督のファンです。総督はコスモ・サンダーのものです。総督がただ一人求められた方は、亡くなってしまわれた。二度と、誰か一人のものになることはないでしょう」
ケイジ・ラダーとジャックの真剣な目を見て、アレクセイはふっと我に帰る。
「すみません、しゃべりすぎました。忘れてください」
アレクセイは唐突にそう言って、レイモンドのただ一人の人が誰だったかを訊くことを2人に諦めさせた。
「うちから、誰をコスモ・メタル社に出向させるかな。キミはどうだ、ジャック。彼の下でやっていけるか?」
「正直言って、阿刀野レイという人間がつかみ切れません。しかし…、信用はしています。あの男に任せておけば大丈夫だと…、俺はコスモ・メタル社の開発チームでやっていくことができると思います」
「そうか。ミハイル司令官、キミはコスモ・メタル社に関わるつもりかい?」
「僕は…、そのつもりです。総督の近くにいないと…、あの人は放っておくと、どんな無茶をしでかすかわからない。心配ですからね」
ケイジ・ラダーは、阿刀野レイ、いやレイモンド・ゴールドバーグ・ハンターという男の人望の厚さを知った気がした。誰もが付いていきたくなる男。とてつもなく強いのに、自分が守ってやらなければと思わせてしまう男。
多分、メタル・ラダー社から出向した人間も、それが、技術者であれ、研究者であれ、警備員であっても。請われるまでもなく、競い合うようにノウハウを教えてしまうのだろう。進んで彼を守ろうとするのだろうと思った。
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