第二章

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第二章

1 他人  ケイジ・ラダーを訪ねた帰り道。  コスモ・サンダーの展望は開けたのだが、レイモンドはどこか沈んだ表情だった。というのも、ケイジ・ラダーにリュウのことを聞かされたからだ。 「阿刀野くん、弟さんと喧嘩でもしたのかい?」 「えっ。ミスター・ラダーはリュウのことを知っているんですか?」 「うちの宇宙船がコスモ・サンダーに襲われたときに、助けてもらった。その指揮を執っていたのが阿刀野リュウくんだったようで、キミの弟だと知らずにパーティに招待したんだ。立派な宇宙軍士官だね」 「ありがとうございます」  レイモンドが普通に受け答えできたのはここまでだった。 「それからも、ルーインくんと一緒に時々、訪ねてくれたんだが。ここ半年くらい会っていなくて気になって連絡してみた。その時に、キミが生きていることを知っているかと尋ねたんだ」  ケイジ・ラダーはふ、と言葉を途切れさせた。レイモンドはイヤな予感がした。 「リュウくんは、キミが生きていることを知っていた。だが、その後で、もう二度と会うことはない。自分たちは結局、他人でしかなかったと言うんだ。  キミはもう別の人生を歩んでいて自分は捨てられたのだと。どういうことかと聞いても応えてくれなかった」 「リュウがそんなことを…」 「弟を捨てたのかい?」  ケイジ・ラダーの鋭い瞳が、レイモンドを射抜く。レイモンドは深く息を吸い込んだ。 「俺は…、確かに他の人を、いえ…、リュウとの暮らしではなくコスモ・サンダーを統一する道を選びました。リュウが捨てられたというなら、俺はリュウを捨てたのでしょう。他人だというなら、俺には何も言えない。ただ…。今でもリュウが大切な弟だということに代わりはありません」  もう、二度と会うことはない…か。  皮肉だなとレイモンドは思った。コスモ・サンダーの宇宙船でリュウと逢ったときに自分の口から出た言葉である。それが、どれほど心に痛いものか、初めて知った。  ごめんね、リュウ。おまえには辛い思いをさせたんだ。それでも、俺はマリオンを選んだことを後悔はしない。  深く考えこんでいたせいで、手の方がお留守になっていたようだ。 「代わりましょうか?」  気がつくと、アレクセイが心配そうに問いかけていた。レイモンドはハッと自分を取り戻す。 「ん? いいよ。惑星ルイーズまで3時間くらいだし、極東地区は俺の庭のようなものだから。アーシャは帰ったら、司令官の仕事が山積みだろ。寝てればいい」 「しかし…」  いま、何もすることがなくなったら、リュウのことを考えてしまう。いまは、何も考えたくない。すべてを心の奥底に押しやって、レイモンドは気持ちを切り替えた。 「寝てられないって。ああっ! もしかして、俺の操縦に不安を感じてるとか!」 「いえ…、そういう訳ではありません。総督は本部から飛んでこられたばかりですし、ずっと操縦しておられるので…」 「だからっ! 極東地区は俺の庭だって。目をつぶっていても帰り着く」  レイモンドにそこまれ言われると、アレクセイはそれ以上、無理にとは言えなかった。 「わかりました。でも、目をつぶっていては帰れませんよ」  アレクセイの言葉に、エメラルド・グリーンの瞳がキラリと光った。 「そう思う?」 「……まさか」 「俺が誰に操縦を叩き込まれたか、わかってる? あの、マリオンだよ」  それだけで説明がつくとでも言うようにレイモンドは吐き捨てた。  マリオン。俺がすべてを捨てて、手に入れようとした愛しい男。そう言えば、マリオンに操縦を叩き込まれたのはこの宙域だった。 「この辺りの座標はぜ~んぶ覚えさせられた。惑星の位置から定期船の航路までね。コンピュータに頼りすぎるからって視認飛行の訓練もしたし、宇宙船の動きは五感で感じるものだと、目隠しをしたまま操縦したこともある」 「目隠しで……、まともに操縦できたんですか」 「当然じゃない。俺は天才だからね」  不審そうな顔をしたアレクセイを見て、レイモンドはぷっと吹き出した。 「ダメか。アーシャは俺が何にもできなかったことを知ってるからな。強がってもバレてるよね。お察しの通り、できるようになるまでやらされたってことだよ。泣きながらね」 「……。視認飛行はやっても、目隠しはしてません、よね?」 「あ、目隠しね。俺の説明不足。マリオンが隣についてて、座標や障害物は教えてくれた。離着陸の時の高度や位置もね。どれくらいのスピードで、どんな状態で飛んでいるのかを把握しろ、目をつぶっていても離陸や着陸ができるように正確な操縦をしろ、ってことだよ。着陸はきつかったな。マークした位置にピタリと降りてないと、張り倒された…」  本当に目隠しで飛んだのですかと、声をなくしたアレクセイに、 「へえ、驚くことなんだ。知らなかった」 「……」 「見えなくても事故ったことないから、ぼうっとしてるようにみえても、心配することはないよ」 「は、はい…。それにしても、そんな無茶をして、よく生きてこられましたね」  アレクセイの正直な台詞に、レイモンドがようやく笑みを見せる。 「ははっ、マリオンに聞かせてやってよ。目をつぶって操縦するのは無茶だって。  でも、危ないなんて思ってなかったんだろうなあ…。ん、どうしてかと言うとね、俺が小惑星帯とか宇宙嵐とかの中を飛ぶと怒られたんだ。危ないって。マリオンの危ないは、どんな判断基準だったんだか…教えてほしいよ」  とつぶやいたレイモンドは、遠い目をしていた。  と、すぐ目の前に、大きめの浮遊物。アレクセイがはっとしたときには、 「おっと」  宇宙船はさらりと障害物を避けていた。見えていたのか、感じたのか…、その鮮やかさはさすがである。アレクセイはクール・プリンス率いる特別部隊の操縦士だったし、今でもそのつもりだけれど、腕が違う。いや、鍛え方が違うと思い知らされた。 「総督は僕の操縦など、恐くて仕方がなかったんじゃないですか」 「ん、そうでもない。おまえの操縦なら気持ちよく寝られる」 「誰が操縦していても、眠っておられた気がしますが…」  あのコスモ・サンダーの激しい内部抗争の最中でさえ、レイモンドはときどき、うたた寝をしていたのをアレクセイは知っていた。しかも、戦闘中にだ。 「そんなこと、ないよ。マリオンは別として、俺が安心して操縦席を明け渡せるのは、アーシャと後はルーインくらいだ。  たとえば、そうだな。リュウが操縦席に着いてたら、俺はマリオンが横に貼り付いてる時以上に緊張する」  自分で口にしておきながら、リュウの名に心がチクリと痛む。 「それなら今日は、僕に操縦席を明け渡して、のんびりくつろいでください」 「だから、いいって。ここんとこ忙しかったんだ。ぼおっと宇宙船を飛ばすなんて贅沢させてもらえなかった。操縦は俺の趣味なんだから、邪魔しないでくれる?」 「……わ、わかりました」  総督であるレイモンドを前に、まさか、うたた寝をするわけにはいかないアレクセイは、副操縦席に姿勢を正して座った。ほかにすることもないので、じっとスクリーンを見つめていると…。  黙り込んでしまった男に、レイモンドが、はあ、とため息をついた。こんなことをしていたら、またいやなことが頭に浮かぶ。 「アーシャ。何か考えてるの? もしかして、操縦したかったとか」 「いえ。邪魔にならないようにしているだけです」 「あのねえ、今は、戦闘中でもないし、ここは、宇宙艦の艦橋でもない。プライベートタイムなんだ。楽しく飛ぼうよ!」  ということは。 「無駄話をしながら飛ぶのが、趣味ですか?」 「ん、無駄話って言われるとつらいけど。でも、同乗者がいるときは、俺はたいていそうしてた。って、そう言えば艦隊じゃ、操縦士は操縦に集中しろって叱られるか」 「はい…」 「真面目だね、おまえも。面白い話のひとつもなけりゃ、俺の宇宙船には乗せてやらないよ」  乗せてやらないと言われると…。仕事に限らず、プライベートな宙航でも、アレクセイはレイモンドのそばにいたかった。アレクセイとしては隣にいるだけで十分なのだが、レイモンドは、一緒にいるなら楽しい話をしろという。仕事の話ならともかく、何を話せばいいのか…。  困った顔をしていると、 「はあ、黙り込まないでくれる。そうだなあ…、じゃあさ。俺が極東地区に来る前に、相談があると言ってたよね」  レイモンドが話題をふってくれた。しかし、それは楽しい話ではない。 「仕事の面白くない話です…、またの機会に…」 「あっ、いい、いい。何でも聞くから」  レイモンドは、おしゃべりしたい気分だったのだ。 「そうですか? 連合宇宙軍のことですが」 「うん、連合宇宙軍? おまえが戻りたいって話以外なら、大歓迎!」 「総督ッ!」
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