第二章

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2 脅し 「冗談だよ。で、なに?」 「実は、少し前になりますが、連合宇宙軍のライトマンと名乗る男から連絡がありました。第17管区、極東地区の司令官だそうです」 「おまえのことを知っていて連絡してきたのか?」  アレクセイが連合宇宙軍に所属していることを知っていて、コスモ・サンダーの情報を引き出そうとしたのか。とレイモンドは言外に訊いた。 「いいえ、違います。僕はライトマンを知りませんし、その男も僕のことを知らないようでした。新しくコスモ・サンダーの極東地区司令官となった男に挨拶がしたい、会いたいと言われました」 「司令官から司令官への表敬挨拶? それで?」 「会う必要性を感じなかったので、どうして、会わなければならないのかと訊きました」  レイモンドは操縦席から身を乗り出すようにして、アレクセイの話を聞いていた。 「すると、自分はこれまでコスモ・サンダーに便宜を図ってやったと言うのです」 「便宜ねえ」 「どうも、イエロー・サンダーのトニーと通じていたようで…。はっきり言うと、賄賂をもらって、略奪を見逃していたようです」 「……、宇宙軍でもそんなことをするんだ!」 「ええ、軍の権力を嵩に着て、うまい汁を吸っているヤツがいるってことは聞いていましたが、僕も残念です」 「で、どうしたの?」 「もちろん、断りましたよ。新生コスモ・サンダーは民間から略奪などしない。宇宙軍と敵対する行為も禁じられている。だから、便宜を図ってもらう必要はないと、はっきり言いました。それでも…」 「それでも?」 「それなら、これからは取り締まりを厳しくしよう。おまえたちも極東地区の宙域を飛ばねばならないだろうと」 「脅されたんだ」 「はい」 「どんなヤツだった?」 「通話のやり取りでしたから、はっきりとはわかりません。しかし…、自分の策にうぬぼれている嫌なヤツ。極東地区に飛ばされてきている者は多かれ少なかれ、問題アリだという噂でしたが…。  犯罪者や海賊を取り締まり、宇宙の平和を保つはずの宇宙軍が、宇宙の規律を守る立場なのに、トニーと組んで民間船が襲われるのを見逃していたなんて、許せません。しかも部下たちを指揮する司令官という立場でありながら!」 「そうだね。あっ、連合宇宙軍極東地区の司令官というと、リュウの上官になるね」  ツキンとうずく心の痛みを無視して、レイモンドが聞く。 「そのはずです」 「あいつが宇宙軍に入ったときは、これで俺みたいに違法行為をしなくてすむと喜んだのに…。宇宙軍にも、当たりはずれがあるんだ」  それは、どこの世界でも同じだろう。望んで仕えたいと思える男など、数えるほどだ。宇宙軍でも、企業でも、そして、海賊の世界でも。  海賊組織にいながら、その流儀に染まることを良しとしなかった男、海賊組織を変えていこうとしている男の下で働けて幸せだとアレクセイは思った。 「そうですね。それにしても、阿刀野リュウやルーイン・アドラーはどうして、こんな宇宙のはずれに赴任したんでしょうか。セントラルにいればよかったのに。そうすれば、こんな不正に関わることはなかったでしょう。2人とも、それだけの能力はありました。  ルーインは有名な軍家の出身ですし、父親の引きもあったでしょう。弟さんも、特殊部隊の男が実行部隊にほしがっていた。それなのに、どうして、第17管区になど…」 「俺がここで消えたから、だと思う。ルーインはリュウに付いてきたんだろう。俺が2人の将来を歪めたのかもしれない」  リュウは俺を求めてこの地まで追ってきた。死んだとわかっていながらこの地へ。それなのに、俺はここでリュウを突き放した。  苦々しげな言葉に、アレクセイは罪の意識を感じる。レイモンド拉致の計画を立てたのは自分である。 「大丈夫です。彼らは正義感が強い。おかしいと思ったら、司令官にでさえ意見するでしょう。逆らうだけの力があると思いますよ」 「そう? 上官には逆らうなってリュウに教えたんだけど。上の者と衝突して、俺のように組織から追われるようなことにはなってほしくない…」 「心配は無用です。上官とぶつかると居づらくはなるでしょうが、宇宙軍なら他の部署へ異動することもできます。上官への反抗を繰り返しても、放り出されるだけでしょう。宇宙軍はコスモ・サンダーと違います。殺したり、傷つけたりはしません」 「そうなの?」 「はい。宇宙軍を手ひどく裏切っている僕が、身を隠していますか。僕はタスクフォースという特殊部隊でしたから、一般の兵士たちより裏切りの代償は大きいはずです。その僕ですら、時間が経ったらファイルが闇から闇へと葬られるだけだと思います。誰も殺すために追ってきたりしません」 「ふ~ん。そんなもん?」 「はい。そんなもんです」  コスモ・サンダーにしても、クール・プリンスほど、その名が知られていなければ。前総督に瀕死の重傷を負わせたのでなければ。全勢力を傾けて追うなどということはしなかっただろう。 「話がそれましたが…。こちらが何もしなくても、宇宙軍が仕掛けてくることもあるんじゃないかと、少し心配しています。細かい宙航法違反を取り締まられたり、惑星への離着陸を禁じられたりしたら、動きがとれませんし。これから、新しい事業を始めるのなら、よけいな争いは避けたいです」 「ん~。そうだけど。これまで被害はあった?」 「いえ、報告は受けていません」 「それなら。もう少し様子をみよう。宇宙軍でも極東地区の全部隊がライトマンに与しているとは思えない。少なくともリュウやルーインはそんなことはしない」  本当にそうか。  もし、リュウが自分に恨みを持っていたら。いや、それでも正義感の強いリュウは不正には関わらない。 「はい。でも、実際に何かあったらどうしますか?」 「そのときは…。実力行使、俺がなんとかするよ」  それでいい? と聞くレイモンドに、アレクセイは肩の荷が降りた気がした。  レイモンドは簡単には解決できないようなこと、誰もが尻込みしそうなことになると、自分が責任を持つと言う。誰にも押しつけたりしない。  レイモンドがそんな男だからこそ、アレクセイは自分の仕事は自分でやりたいと思うのだ。 「いえ、極東地区は僕の担当です。どうしても手に余るようでしたら、相談します」  レイモンドはニコリと笑って「それじゃあ、おまえに任せる」と応えた。 「はい」 「ああ…、惑星ルイーズが見えてきた。きれいだな。昔、第4艦隊にいた頃、ほかの惑星から帰ってくるたびに感動したよ。ここからだと手のひらに載りそうなくらい、小さく見える。この美しい惑星をこの手につかんで、ガラスケースに飾りたいとよく思ったもんだ。  それなのに、この間の戦いでは、あの惑星にミサイルを撃ち込まなくちゃいけなかった。心が痛かったよ。あの星…、おまえが再建してくれたんだね」  レイモンドの言葉に、そのやさしい微笑みに、アレクセイはこの数カ月、寝る間も惜しんで働いたのが報われたような気がした。 「ほんとうにきれいですね」 「うん、きれいだ。あそこには、俺の帰りを待っていてくれる人がいた。俺の帰る場所があった……」  マリオンの顔が浮かぶとともに、なぜかリュウの顔が浮かんだ。  あいつもベルンの家で、いつも俺の帰りを待っていてくれた…。 「総督、いまもみんなが総督の帰りを、首を長くして待っています」 「そうだな、ポールや近衛隊の連中、おまえの部下たちが待っていてくれる……。だけど、帰ったら、のんびりしている暇はないよ。コスモ・メタル社の話をすすめなくちゃならない。忙しくなるから、覚悟しておいてね」  アレクセイは小さくうなずいた。  この人は、弱い顔など見せないけれど、ほんとうは寂しがり屋なのだ。いつも自分の居場所を求めていた。誰かが待っていてくれる場所を。帰り着く場所を。いまも、きっと…。  僕はいつか、この人の帰り着く場所になれるだろうか。
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