4人が本棚に入れています
本棚に追加
4 ランディ
トゥルルルルル……。
切ったばかりの惑星間通話機が鳴りだして、ランディはチッと舌打ちをする。
ここ数日、ずっと、この状態が続いている。
阿刀野レイがいなくなってから、仕事はもちろん、連絡さえ途絶えていたクライアントたちから、入れ替わり、立ち替わり、ご機嫌伺いの連絡が入ってくる。
温厚なランディもさすがに相手をするのに疲れてきた。対応がぶっきらぼうになっても仕方がない。
「もしもし」
「仕事の話以外はお断りだ」
「第一声がそれ? 商売にならないよ、ランディ」
笑いを含んだやわらかな声に、ランディは耳を疑う。
「だ、誰だ?」
「ん、わからない?」
「もしかして、……レイか」
「そうだよ、久しぶり」
あっけらかんと言う相手に、ランディは呆れると同時に、怒りが沸き起こった。さんざん、人に心を痛めさせておいて。
「馬鹿野郎! 今まで、連絡も寄越さずに、何してたんだ!」
「あ~、やっぱり怒ってる?」
「当ったり前だろ。あの爆発で死んだと諦めてたのに、いきなりコスモ・メタル社の新社長だあ。同姓同名かと思ったが、一流のクーリエとして知られていたとなったら、あんたしかいない。俺がどれほど面食らったかわかるか。
その上、ここ一週間というもの、お得意さんから立て続けに連絡があって、それも仕事の話じゃなく、あんたの話ばっか」
「そう。ランディんとこにも、連絡が入ってるんだ」
メタル・ラダー社本社への問い合わせがすごい、とレイモンドは聞かされたばかりだ。
「何言ってる。阿刀野レイは今や時の人だぜ。それに『クーリエの阿刀野レイ』って言えば、ここに連絡があるに決まってるだろう」
「クーリエを続けてくれてたんだ、ありがとう」
「礼を言われる覚えはない、ほかに仕事がなかっただけだ。それより、『ほんとうにあの阿刀野レイか』『生きていたのか』『連絡先はどこだ』『今まで何をしてたんだ』って、あんたを気に入ってた連中が、うるさいのなんの。何も知らないって言うのに、さも何かを隠してるみたいに言われて、いい加減、頭にきてるんだ。おちおちメシも食っていられないんだぞ」
「うん、ごめん。それじゃ、どっかでおいしいメシでもどう? おごるよ」
「えっ、いまどこにいるんだ」
「ベルンの宙港に着いたとこ。ん…と、30分ちょっとで事務所に行くよ。場所、かわってないよね」
「あっ、ああ」
「じゃあ、後で」
言うことだけ言って、カチャッと切れた通話器をランディはしげしげと眺めてひとりごちる。
「夢、じゃないよな」
トゥルルルル……。
鳴り出した通話器を無視して、ランディはソファに沈み込んだ。
レイが戻ってくる? ここへ?
信じられない思いでぼうっとしていると、ほどなく扉が開いた。
「ランディ、元気だった?」
挨拶と同時に、派手な衣裳に身を包んだ美貌の男が顔をのぞかせる。顔には笑みが浮かんでいる。しばらく見ないうちに、一段といい男になった、ような気がした。
「そんなに見つめないでよ。照れるじゃない」
「レイ…」
「なに?」
ん? と小首をかしげる見慣れた仕草に、ランディはほっとすると同時に落ち着いた。
「ほんとに、まあ。相も変わらず趣味の悪い服をセンスよく着こなすもんだ。あんたくらいだよ、その格好が下品にならないのはッ!」
聞きたいこと、言いたいことはいっぱいあったはずなのに。ランディの口から出たのは、昨日わかれた相棒に言うような軽口だった。
「あっ、懐かしい。ランディにあきれられるの。やっぱり、いいな」
エメラルド・グリーンの瞳をキラキラさせて、レイモンドがうれしそうに言う。
「はい、はい。まあ、座れよ」
「ん、ありがと」
ブランクなどなかったかのように、レイモンドはお気に入りのソファに陣取った。
「突然でごめん、ランディ。ここ、全然変わってないね」
「レイ、元気そうだな。相変わらずの美貌で、久しぶりに見るとクラクラしそうだ」
「ふふっ、お世辞でもうれしいよ。ところで、紹介しておく」
そう言うと、扉の外へ声をかけた。
「アーシャ、入れば?」
「おじゃまします」
「ランディ、アーシャだ。いま、俺の仕事を補佐してもらってる」
「はじめまして、アレクセイ・ミハイルです」
涼やかな声でアレクセイが挨拶をした。
「アーシャ、この男が『クーリエ』やってた時の相棒で、ランディ。口は悪いが、いいヤツだよ」
「ランディ・ハマーだ、よろしくな」
ランディはアーシャのさし出した手を握りながら、レイモンドに訊く。
「おい、レイ。補佐って、コスモ・メタル社のか?」
「そっちもってことになるかも知れないけど、ちょっと違う」
「それじゃあ…、いや、そもそも、あれから何があった。どうしてたんだ。爆発から後のことを詳しく説明してもらいたいね。俺には聞く権利があるよな」
どかっとソファに腰を下ろし直したランディが言う。
「アレクセイ。あっ、アレクセイでいいな。そんなとこに突っ立ってないで、どこへでも座ってくれ。いちばんいい席には、レイが座っちまってるけどな」
少し下がってレイモンドのそばに立っていた男に声をかけた。アレクセイはちらりとレイモンドに目を向ける。伺うような様子に、ランディがはっとする。
「なんだ、その男はあんたのボディーガードかなんかか? いかにも上流って感じの貴族的な容貌だし、それらしい体つきじゃないが」
「違うよ。ボディーガードやらせてもスゴイだろうけど、アーシャには仕事を手伝ってもらってる。それから、何があったかって話だけど、時間がかかるから、メシ食いながらにしない?」
「……話してくれるなら、かまわない」
「うん、そのために来たんだ…」
「……今頃になって、わざわざ…か。なんか企んでるな?」
「わかる? でも、悪い話じゃない、と思う」
「ん~。ま、いいか。腹、減ってるんだ。まずはメシ、食いに行こう」
ジャケットをつかんだランディにつられてレイモンドが立ち上がると、どちらが主導権を取るということもなく、仲良く歩き出した。
親しげに話し合う2人…、コスモ・サンダーでは決して見ることのないレイモンドの姿を見て、アレクセイはひとり取り残された気がした。
アレクセイが知っている誰とも、まったく違うスタンスでレイモンドと接する男。相棒だとレイモンドは言ったが、2人は同じ目線なのがわかった。
自分には許してもらえない場所。
いちばん近い場所にいるつもりだったのに。それはコスモ・サンダーでだけのことだと思い知らされる。
メタル・ラダー社でケイジ・ラダーに会ったときもそうだったが、レイモンドの交友関係を見せつけられるたびに、アレクセイは驚きと嫉妬を覚えた。
大切な相手との距離を感じさせられて。
最初のコメントを投稿しよう!