第二章

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8 拉致  CS-1は宇宙軍の艦隊に接収され、宇宙軍第17管区極東基地へと連れてこられた。普通ではあり得ない暴挙である。  アレクセイは、操縦席についていたレイモンドを拝み倒すようにして、コスモ・サンダーのジャンプスーツから昨日までの遊び人風(?)の服装に着替えてもらった。これで、見た目には総督とわからない。 「おまえは着替えないの?」 「はい。宇宙軍はこの船がコスモ・サンダーのものだとわかっていて、接収しました。コスモ・サンダーのものが乗っていないとおかしい。この宙域でのことは任せるとおっしゃいましたね。僕が話をします」 「コスモ・サンダーの総督は俺だよ。俺が始末をつける」 「僕を信じてくださるなら、総督、いえ、レイは何も言わずにおとなしくしていてください。もし…、チャンスがあれば、一人でも逃げてください」  その時は、深く考えずに口をついた言葉だった。 「アーシャ! 俺がおまえを捨てて逃げると思うのか? 置いていくわけが…」 「シッー」  アレクセイがレイモンドに黙るように合図を送る。ブーンと小さい金属音がして、通信がつながったのだ。 『ハッチを開けてもらえますか。それとも、壊さなければ無理ですか?』  存外に丁寧な物言いだ。モニターには、小型宇宙船の扉の前に数人の兵士が銃を持って構えていた。用意周到である。チラリと顔を向けたアレクセイに、レイモンドは小さくうなずいた。 「今、開ける」  扉が開くのを待ちかねたように、兵士たちが乗り込んできた。 「お願いですから黙っていてください」  やさしく命令すると、入ってくる兵士たちを迎えるために、アレクセイはスクッと立ち上がった。数人の兵士がドタドタとなだれ込んでくる。  刃向かうつもりはないという印しに、アレクセイは小さく両手を挙げた。その姿を確認した兵士たちの後ろから、士官姿の男が入ってきた。 「アレクセイ・ミハイル司令官、きていただけますか」 「一斉取り締まりの捜査ではなかったのか。それとも、わたしがアレクセイ・ミハイルだと知っていて、拉致したということか!」  静かだが、威嚇するような口調である。 「いえ、拉致ではなく、捜査の一環だと聞いています。本部にお連れしている間に、宇宙船を調べさせてもらいます」 「彼はここに残しておいてもいいか?」 「同乗者の方も、一緒にきていただきます」  いい方は丁寧だが、命令と同じである。アレクセイは、宇宙軍からの一方的な指示にレイモンドが怒らないかとびくびくしていたが、本人はいたって暢気に応えた。 「へえ~。俺、宇宙軍基地に入るの、初めて。案内してくれるの?」  笑みを浮かべながら操縦席から立ち上がった男に、兵士たちは呆然となった。暢気さに驚いたのか。それとも、美貌に。いや服装にだろうか。どうしようもないと、アレクセイは心の中で盛大にため息を吐いた。  海賊に見えないのが救いだ。この姿を見て、冷徹非情で通っているゴールドバーグ総督だと思うものはいないだろう。コスモ・サンダーの戦闘員たちでさえ見間違えたのだから。 「わたしたちは拉致されたんだ。基地の案内などしてもらえるわけがない、馬鹿なことを言うな!」  失礼かと思ったが…、総督だと気づかれぬためにも、アレクセイはきつい調子でたしなめた。レイモンドはへらっと笑って肩をすくめている。 「こちらへ」  士官の男が歩み出した。その後ろをアレクセイがついていく。ピシッと背を伸ばした姿は、優雅なくせに威厳があった。司令官室の前で入るように促されると、アレクセイはレイモンドに耳打ちした。 「お願いですから、名乗ったりせずに、おとなしくしていてください」  レイモンドはアレクセイに囁き返す。 「わかったよ、アーシャに任せておとなしく待ってるからさ。でも、俺って、メチャクチャ知名度低いよね」  知名度は高い。宇宙軍の中でゴールドバーグ総督の名を知らぬものはいないはずだ。  ただ、目の前の美貌の男と結びつかないだけ。アレクセイは、レイモンドがおとなしく待っていてくれることを祈って、司令官室に足を踏み入れた。 「よく来てくださった、アレクセイ・ミハイル司令官殿」  何がよく来てくださっただ。むりやり拉致したんだろう、という思いは顔に出さず、アレクセイは平静に答えた。 「はじめまして、ライトマン司令官。どうしてわたしがあの宇宙船に乗っているとわかったのですか」 「極東地区の通信網の中で、たまたま本部へ連絡するのを傍受した。君には、会う必要があったからな」  アレクセイは心の中でチッと舌打ちする。僕は通信でまずいことを言わなかっただろうか。  そんな不安などおくびにも出さずに、訊く。 「それは、それは…。兵士たちをわずらわせて申し訳ない。ところで、わたしを宇宙軍に呼び戻すなんて、危急の用件でしょうね」 「ああ? 危急と言うほどでもないが、この間も連絡したが、君には冷たくあしらわれたからな。直接会って話をしたいと思っていた。お互いに損にはならないだろう」 「もしかして…。コスモ・サンダーの極東地区司令官であるアレクセイ・ミハイルに、賄賂の話をしたいと言っているのか?」 「直接的だな。君たちの仕事がやりやすいように、融通を利かせてやろうと言ってるんだ。ほんの少しの見返りで。それで、極東地区を仕切っている男に会いたかった」 「コスモ・サンダーと裏取引だと! それもわたしと! 本気で言っているのか!」  アレクセイは丁寧な態度をかなぐり捨てて、冷たい声で威嚇した。その鋭い口調、厳しい視線にさらされて、ライトマンが目を見張る。 「馬鹿野郎! わたしが誰だか知らないのか! 仮にもおまえは宇宙軍極東地区の司令官だろう」  居丈高な怒鳴り声に、ライトマンが怯んだ。 「誰って、コスモ・サンダーの極東地区司令官だろうが」 「ああ、その肩書きもわたしのものだ。が、その様子では、知らずに本気でわたしと馬鹿な交渉をしようとしていたんだな」 「知らずに?」  アレクセイは噛んで含めるように言い聞かせた。 「いいか、ライトマン。わたしは、宇宙軍タスクフォース所属の中佐だ。コスモ・サンダーを内側から切り崩すという重要な任務を帯びて、コスモ・サンダーに潜入している。それを、おまえはっ。邪魔しているんだぞ」  賄賂の件といい、大切な任務を危険にさらした件といい、セントラルに知られたらどうなるだろうなという脅しに、ライトマンは愕然となった。 「コスモ・サンダーの司令官が、宇宙軍の中佐? まさか…」  司令官の応接室でスクッと立ちあがり、ライトマンを睨み付けている男からはホンモノの怒りが感じられた。その手がスッと動いた。ライトマンは思わず後ずさる。  その滑稽な様に、アレクセイが嘲りの笑いを投げる。 「な、何がおかしい」 「ふ、武器を出すわけじゃない。もし必要なら、素手でもおまえを殺すくらいのことはできる。わたしはタスクフォースのエースだからな。おまえが信じないから、証拠を見せてやろうと思っただけだ」  そう吐き捨てたアレクセイの手には、見慣れた宇宙軍のドッグタグが揺れていた。 「首からかけているわけにいかないからな。見ろっ」  ライトマンは目のまえにぐいっとドッグタグを突き付けられた。おずおずと手にとると、魅入られたように見入ってしまった。 「それが認識番号だ。疑うなら、調べてみろ。話はそれからだ」
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