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2 組織改革
「はぁ」
司令決定会議でもらしたため息に、アレクセイがつ、と顔をあげた。
「お疲れですか?」
書類を手にしたまま顔色を伺うのに、レイモンドは冷たい視線を向ける。
「みんな、俺の言うことなどききもしない。ため息のひとつも出るさ」
思い切り嫌みったらしく言った言葉を、あっさりとかわされる。
「今朝から会議続きでしたね、休憩にしましょう」
レイモンドが止める間もなく、アレクセイ・ミハイル副総督は集まった面々に休憩を告げた。コスモ・サンダーの抗争が終結してから、すでに1カ月が過ぎていた。そろそろ、各地域に司令官を立て、味方についたコスモ・サンダー正規軍を掌握しなければならない。
特に壊滅状態に陥った地区の艦隊は、一から立て直さなければならない。そのための司令官決定会議であった。
レイモンドが思わずもらしたため息。疲れたのではなかった。
問題は、司令官がすんなり決まらないことである。
ほしいのは、俺の手足となって文句を言わずに働いてくれる優秀な部下だ。
いや、違う。それならここにいる幹部全員にあてはまる。そうではなくて。
俺のそばを離れたがらない副総督や幹部ではなく、どこででも働いてくれる優秀な部下だ。みなに、俺の側にいられても困る。
そばにいてほしいと願ったのは、マリオンただひとり。
ほかの誰が俺のそばにいようと、関係ない。
だが、こいつらに、そんなことは言えない。
戦闘が終わったいまも、誰もが俺を守るために命を投げ出す覚悟でいるのを知っているから。俺にそんな価値があるかどうかを考えもせずに。
レイモンドは、心の中で再度ため息をついた。
副総督としてそばにいるアレクセイに文句があるわけではない。
アレクセイはマリオン以上に俺のことをよく見ていると思う。俺の顔つきや態度にものすごく敏感だ。だが、その反応がまるっきり正反対だった。そうじゃないだろうと心のどこかで違和感を感じている。
会議の場でため息をもらしたりしたら、マリオンなら鋭い瞳で射殺すだろう。
「執務をなんだと思っているのですか」「そんな躾をした覚えはありません」
と叱責されるかもしれない。プライベート以外では、ものすごく厳しい男だったから。
集中力が欠けたり、やり始めたことを最後までやり通せなくて、よく罰を与えられたものだ。そのせいだろうか。マリオンがいると毅然としていられた。
叱られたくないだけではなく、いてくれるだけで心がシャキッとした。
ずっと、マリオンの望む男になりたかったから。
アレクセイに気遣われるのがイヤだというわけではない。
甘えられるのなら、甘えたいと思っている。何もかも任せられるならと何度も考えた。
でも、できないでいる。
アレクセイには力があると思う。操縦にかけては自分が上だが、戦略はもちろん、銃の腕も、格闘技も自分より上ではないかと思う。それに、あの戦いからずっと横にいる副総督は、思慮深く統率力もある男だとわかっている。
今では、他の誰に裏切られたとしても、アレクセイにだけは裏切られることはないのだと心が認めている。
けれど。甘えられるかというと別だ。
総督は自分で決めて、全責任を持つものだとマリオンに教えられたから。
プライベートでさえ(いや、プライベートだからこそか?)、マリオン以外の男に甘えることができないでいる。
ああ、埒もないことを。俺はなにをくよくよと考えているのだろう。
マリオンが死んだあの日から、極東地区を中心に約3カ月の間、宇宙では嵐が吹き荒れた。その戦闘に全宇宙が注目していた。民間に被害を及ぼさなかった点では内部抗争だったが、それは、海賊の内部抗争レベルではなく、コスモ・サンダーが基地を持つ宇宙全域に飛び火した大規模な戦争となった。
レイモンドの無慈悲な戦いぶりは、多くの構成員を震え上がらせ、鮮やかな腕前は傍観者たちに息を呑ませた。
敵対する男たちがゴールドバーグの話をするときには、畏怖とともに、人でなし、冷酷、非情…、といくつもの形容詞を付けたものだ。
結局のところ、勝利したのはゴールドバーグ・ハンターだった。予想通りだったと言うものも、予想をはるかに超えていたと言うものもいた。
敵対する艦隊を完膚なきまでに殲滅した、その徹底的な破壊と死──。
それ以上に予想を超えていたのが、その人の統率力だ。いつも戦闘の最前線に立ち、自ら戦闘艇を操って攻め込み、容赦なく敵を叩きのめした。
これまでのコスモ・サンダーと決定的に違っていたのは、幹部はもちろん、下っ端の戦闘員にいたるまで、自分の意志で闘っていたことであった。いやいや命令に従っているものなどいないと言われている。
そして。内部抗争を収めた後、ゴールドバーグ・ハンターは正式に総督に就任した。すぐに出したのが、総督宣言だ。それは、全宇宙と宇宙軍に対しての一方的な通告であった。
「コスモ・サンダーは、二度と無為に民間船を攻撃しない。俺が責任を持って全宇宙で必要とされる組織に変革すると約束する。だから、手出しを控えてほしい。今、宇宙軍にコスモ・サンダーをかき回されたら、余計に宇宙が乱れることになる。
だが、ひとつ言っておく。攻撃されたら火の粉は払わせてもらう、たとえそれが宇宙軍であっても」
戦いで力を使い果たし、その半分が壊滅したコスモ・サンダーである。レイモンドの宣言にもかかわらず、弱みに付け込んで攻撃を仕掛ける海賊も少なくなかった。
火の粉など払えるはずがないと踏んだのだろう。
だが、コスモ・サンダーは予想以上に強かった。攻撃されると断固として退けた。静かに相手の急所を突き、揺さぶり、攻撃する。
その的確な対応に、おまえたちを壊滅させることなどわけはない。あまり馬鹿なことを続けていると次は…、そんな無言の脅しが聞こえてくるようであった。
「コスモ・サンダーが弱体化したなどというのは嘘だ。これまで以上に強い」と認識されるまで、そう時間はかからなかった。「宇宙軍でさえ、静観しているではないか」と。
宇宙軍では「海賊はどこまでいっても海賊だ。叩きつぶしてやる」という意見が多かったのだが、セントラルの首脳部は「悪さをしないなら、触らぬ神に祟りなし。わざわざ攻撃して宇宙軍を危険にさらす必要はない」という見解を出した(宇宙軍に影響力を持っていたアレクセイ・ミハイル・ザハロフが、政治力を総動員して引き出した見解だと、真実を知るものは少ないが)。
宇宙軍の各支部は、セントラルがそう言うならと手出しを控えている。もちろん、お手並み拝見というところだ。ただし、弱い部分を見せれば、すぐにでも叩きつぶされるだろうことは火を見るよりも明らかであった。
そんな緊張状態の中で、コスモ・サンダーの組織改革が始まった。
闘いの始まる前に、レイモンドはマリオンに約束した。慕ってくれるヤツの面倒は見ると。だから、この責務から逃げ出したりできないと思っていた。
すべての片が付いたとき、躊躇せずにマリオンの腕に飛び込むためには(あの世で抱きしめてもらえるのかどうかは、わからないけれど)、責務を果たさないといけない。
その思いだけで、コスモ・サンダーを統一するための戦い(誰が言い出したのか知らないが極東100日戦争と呼ばれている)が終わってからも、こうして総督の椅子に座っている。
海賊行為をしなくてもやっていける組織を作り上げ、自分がいなくても機能するようにしなければならない。だが、レイモンドの思いは簡単には通じないようだ。
幹部たちはコスモ・サンダーのことを考えているのか、いないのか。誰も彼もレイモンドの言うことを聞かなかい。
アレクセイには、レイモンドがいますぐにでも、マリオンを追って逝きたいと思っている心の奥底がわかるのだろう。決して目を離さなかった。
破壊し尽くした極東地区の新司令官として艦隊を任せたいのに、頑固にレイモンドのそばを離れようとしないのだ。
どいつも、こいつも…。
──マリオン。あなたがいてくれたら、あなたさえいてくれたら──
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