第一章

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4 あまりの落差  半年が過ぎた。  惑星ルイーズ。  コスモ・サンダー極東地区本部のプライベート宙港に小型の宇宙船が着陸した。着陸する予定の宇宙船があることを聞いていなかった係のものが警備隊長に確認する。 「隊長、訪問者の予定はありますか?」 「いや、聞いていない。宇宙船が入ってきたのか?」 「はい、今し方、プライベート宙港に入ってきた宇宙船があって…、男が降りてきました。えっ、なんだあれは!」  滅多にない部下のあわてように、警備隊長が声をあげる。 「どうした、エディ?」 「い、いえ…」 「待ってろ! すぐに行く」  エディが絶句したのは、降りてきた男のあまりに…、何と言ったらいいのだろうか、そう、コスモ・サンダーにそぐわない姿に驚いたからだ。  細身の男はものすごくスタイルがよかった。スタイルだけではなく、やわらかそうな蜂蜜色の髪に縁取られた小さな顔、ふっくらした紅いくちびる。サングラスをかけているから目は見えないけれど、その男は独特の雰囲気を持っていた。  しかも。ショッキングピンクのタンクトップに同系色の淡いシースルージャケット。黒い革のパンツにゴツいベルト。腕にはゴチャゴチャしたブレスレット。  コスモ・サンダーが海賊団でなかったら、スターの表敬訪問かと疑ったところだ。  男はためらいなくエディに近づき、サングラスを外した。 「キミ、すまないが、司令官のところに案内してくれないか?」  あまりの美貌に、エディはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。 「どうした?」  深いエメラルド・グリーンの瞳で小首を傾げる男は、押し倒したくなるほど魅力的であった。なんとなく、見覚えのあるような気がしたが…、こんな並はずれた美貌の男に知り合いはいない。俳優かモデル…。エディは心の中で思い当たる顔を探してみる。 「聞こえないのか? 司令官に会いたいんだが」  高飛車になった言葉に、エディがはっと我に帰る。ちょうどその時、警備隊長の声がした。 「司令官殿に会いたいだと。アポイントはあるのか?」  男は美貌の顔をしかめて、ぞんざいに問う警備隊長に向き直った。が、 「そう言えば…、アポイントは入れてないな」  ひとりごとのように言う。 「ミハイル司令官殿はものすごくお忙しい。突然訪ねてきて会おうなんて厚かましいやつは、どこのどいつだ?」 「どこのどいつって…」  美貌の男は不思議そうな顔をしたかと思うと、逆に問い返した。 「俺がわからないか?」  その問いに、警備隊長がムッとする。 「知ってなきゃいけないほどの有名人なのか?」 「ん~。当然、知ってると思ったんだが…」  ここは宇宙のはずれだからなあ、と考え込んだ男に、警備隊長が冷たく言い放つ。 「俺には、そんなチャラチャラした格好をする知り合いはいない。それに、これまで、約束もなしに司令官殿に会いに来たものはいないぞ」 「プライベートなんだ。俺がどんな格好しようが、おまえに文句を言われる筋合いはない。とにかく、アーシャのところへ案内してくれ。ここへ呼んでくれてもいいが…」  アーシャ? 呼んでくれてもいい?   司令官をアーシャと呼び捨て、呼びつけるのが当然と考えている男の態度に、警備隊長はハタと考えた。もしかして、ミハイル司令官の個人的な知り合いだろうか。それなら…。 「ふむ。司令官殿は会議の最中だが、連絡が取れるか聞いてみよう」  その答えに満足したのか、男はにこりと笑った。だが、ふっと眉を寄せる。 「会議中…、アーシャがいないとまずいのか?」  通話器で話をしている警備隊長に聞くのをあきらめた男は、横に立っていたエディに問いかける。 「はい、司令官殿がいないと物事が進みません」 「アーシャは忙しいんだな…」 「それはもう。倒れられないのが不思議なくらい、働いておられます」  わずか数カ月で極東本部を立て直したアレクセイである。毎日、目を回すほどの忙しさであるのは想像に難くない。  男は急に弱気になったようだ。 「そう、か…。邪魔をしたら悪いかな、仕事でもないし」  そんなやり取りを背に聞きながら、警備隊長は通話口に出た相手に報告をしていた。 「司令官殿に会いたいという男性が来ています。どうしますか。アポイントはないようですが…」 『名は? 聞いていない! どんなヤツだ』 「金髪に緑の目、細身のきれいな男で…、あんた、名前は?」 「レイモンドだ。だが、忙しそうなら、また寄ると言っといてくれ」 「レイモンドと名乗っています。司令官殿がお忙しいなら、また寄るそうですが」  司令官に男の来訪を告げているのであろう、しばらく保留音が流れた後、 「失礼のないようにお待ちいただけ。すぐ行く」  アレクセイ・ミハイル司令官その人から指示が返された。  ほどなく。  司令官が息を弾ませて走ってきた。会議を放り出して走り出した司令官の後を、幹部たちがわけもわからず付いて来ている。  その光景に警備隊長はもちろん、宙港にいた警備兵、整備工たちが驚きの目を向けた。   いつも冷静な司令官が走っている! いったい、何事なんだっ! と全員が不思議に思ったのだ。その後すぐに、警備隊長はとんでもない事実を知ることになる。  宙港に走り着いたアレクセイは、迷いもせず、所在なげに立っている男の前に行き、片膝をついた。そして。 「ご無沙汰しております、総督」  誰もが息を呑み、あわてて、アレクセイと同じように片膝をつき頭を下げた。  まさか! この男が総督? そう思った者も少なくなかった。戦闘の最中に制服をピシッと着こなし、冷徹に命令を下していた姿しかイメージにない男の、あまりの落差に愕然としたのである。 「畏まらなくていいよ、プライベートだからね」 「はい、ありがとうございます」  立ち上がったアレクセイは、それでも姿勢を正して男の前に立っていた。 「突然で済まない、アーシャ。元気そうだな。少し時間が空いたから寄ってみただけだ。おまえの邪魔をする気はないから、忙しいなら仕事にもどってくれ」 「いえ、総督以上に大切な用件などひとつもありません」  アレクセイはきっぱりと否定する。レイモンドに会うのは久しぶりなのだ。 「そう? 忙しいって聞いたけどな」 「あなたほどではありませんよ。でも、どうして小型宇宙船で?」  ちらりとレイモンドが乗ってきた宇宙船に視線をやってからアレクセイが訊いた。 「宇宙艦は後からくるよ。小惑星帯を突っ切ったら、思ったより早く着いたんだ」 「また、無茶をされたのですか。ポールがヤキモキしているでしょう」  レイモンドが優雅に肩をすくめた。 「うるさいからまいてきた。それより…、俺って存在感がないよね。名乗っても、気づいてもらえない。極東地区は、おまえに任せきりで放っておいたからかな。たまには視察に来なくちゃダメだね」  言われてアレクセイが恐縮する。 「も、申し訳ありません」 「規律はしっかりしてるようだけど。こんなチャラチャラした格好でおまえを訪ねてくる者などいないとすぐには取り次いでもらえなかったからな。  この服、気に入ってるのに、ちょっとショックだ。似合ってない?」  に、似合いすぎているから、総督だと気づけなかったのだろう。しかし、チャラチャラした格好などという暴言を吐いたのは…。 「だ、誰が総督にそんな失礼なことを! 後で罰しておきます」 「ま、アポイントも入れてなかったし、プライベートだから、今回は俺に気づかなかった点は見逃しておく。確かにチャラチャラした服装だしね…」  チラリと視線を巡らせた先にいる警備隊長が張本人だと気づいたアレクセイは、冷たい瞳を突き付けた。警備隊長はできるなら消えてしまいたいと思った。 「いいよ。その男の暴言くらい、たいしたことない。俺に気づかず、もっと不埒な真似をしてくれたヤツもいたし、なっ、ハリー?」  後ろの方に隠れていたのに、きっちり見つかり、嫌みを言われたハリスン・アダムズは 「申し訳ありませんでした」  と叫ぶなり、土下座をした。  剛胆で恐れるものなどない戦闘隊長のアダムズが小さくなった様子を目の当たりにして驚いたのは、幹部たちだけではなかった。アレクセイは、レイモンドとハリーの間に、何かあったという話を知らない。  イエロー・サンダーにいながらいち早くレイモンドの側に付いたハリーである。戦闘中は言うにおよばず、現在もアレクセイの片腕として、難しい仕事をこなしている。 「ハリスンが何か?」 「よかったね、マリオンが死んで。生きていたら絶対に絞め殺されてるよ」 「キケロでは申し訳ありませんでした」  とハリーは頭を下げたまま言った。  もう、3年近く前だが、レイモンドだと知らずに、手を出そうとしたことがあるのだ。美しい笑顔に魅せられて、キスをしてしまった。  抱こうとしたら、殴られ、蹴られ、脅され、さんざんな目にあわされたのであるが。それでも役得であったと時々、思い出す。  思い出すだけならいいが、いざ、レイモンドが目の前に現れると…。  あの時、レイモンドはコスモ・サンダーとは何の関係もなかったが、それでも心底震えたのに。今はコスモ・サンダーの総督として君臨しているのである。  頭を下げたままのハリーを見おろして、レイモンドがいたずらっぽい表情で言う。 「ま、アーシャの下で頑張ってくれてるようだから、そろそろ忘れてやるか」 「あ、ありがとうございます!」  ハリーのあからさまにほっとした様子を見て、アレクセイが問う。 「何かあったのですか?」  レイモンドがアレクセイの耳元で何事か囁く。と、その表情が一変した。  レイモンドにキスをした。その上、強姦まがいのことを!  アレクセイはレーザーガンを抜きはなつと、スッとハリーの頭に突き付ける。 「プリンス! マリオン様の代わりに、僕がこいつを殺してもいいですか」  アレクセイが激高したところなど見たこともない幹部や構成員たちが唖然としているのに、レイモンドはケラケラっと笑いながら、 「だから、時効だって。おまえ、顔が恐いよ。それに、ここで遊んでるヒマないだろう」  遊んでいるわけではないし、話を持ち出したのはレイモンドなのに。アレクセイが気持ちを落ち着ける前に、歩み出す。アレクセイはそれでも銃を手にしたまま、ハリーを睨み付けていた。 「アーシャ! ほら、行くぞ。おまえに心配されなくても俺は自分の身くらい守れる」 「マリオン様ならまだしも、ハリスンなんて。許せません」  マリオン様ならまだしも、というところに、アレクセイの腹立ちの大きさが伝わる。 「わかった。今度誰かが同じ真似をしでかしたら、おまえに殺す権利をやるよ」  総督と司令官のわけのわからぬやり取りに、コスモ・サンダーは大丈夫なのか? と思ったのは一人や二人ではなかったような…。  誰が疑問に思おうとも、昔から二人を知っているハリーは、この男たちがどれほど有能でしかも冷酷になれるかを知っていた。外貌を裏切る力を持っていることも。撃ち殺されなくてほっとしながらも、ハリーは、ゴールドバーグ総督に惚れてるのはミハイル司令官だけじゃないとつぶやいていた──。
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