第一章

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5 コーヒータイム 「こっちは落ち着いたか?」  コーヒー豆を挽き始めたアレクセイにレイモンドが声をかける。 「はい。建物は再建しましたし、新しいシステムもうまく稼働しています。組織編成はまだ途上ですが、もうしばらくしたら命令系統も整いますし、戦闘員には毎日訓練させています…」 「おまえに任せて正解だったな」 「副総督の仕事に時間が割けなくて…、申し訳ありません」  レイモンドはそんなこと何でもないというように手を振った。  挽き終えた豆をコーヒーメーカーにセットし終えたアレクセイは、律儀に断ってから、レイモンドの向かいに浅く腰掛けた。 「本部の方はいかがですか?」 「ああ、思ったよりも手間取ったが、何とかカタがついたよ。艦隊の方は、おまえもだが、みな、寝る間を惜しんで働いてくれている。司令官たちに権限を与えたんで、思い切って改革を進めているようだ。コスモ・サンダー統一の土台はできあがりつつあるかな」 「極東地区へは、視察に来られたのですか?」 「違うよ。ここに寄ったのはたまたま。視察だったら、いくら俺だってこの格好はしていない」 「そうですね…。コーヒーが入りました、どうぞ」  シンプルな陶器のカップにコーヒーを注ぎ、アレクセイが自らサービスする。ゆったりとコーヒーを味わうことなど何時以来だろうとレイモンドは思った。 「ああ、いい香りだ。俺はもしかしたら、うまいコーヒーに餓えてたのかな。だから、ここに寄る気になったのかも」  ふふっと笑うレイモンドに、 「コーヒーくらいで来ていただけるのなら、いつでも挽きたてをご馳走しますよ」 「そう? ありがとう。本部にはおまえほどおいしいコーヒーを淹れてくれるやつはいないからな。それに、ここんとこ忙しかったからね。こんな時間がほしかったんだ」  肩肘をはらずにゆったりできる場所…。素の自分でいられる場所…。レイモンドはう~んと伸びをした。  レイモンドは心からくつろいでいるようであった。毛並みのいいペルシャ猫がソファで満足そうに毛繕いをしている…、そんな感じである。 「僕もです…」  アレクセイはその姿を見ているだけで幸せであった。  次から次に起きる問題に右往左往させられているのが夢のように思える。ずっとずっとほしかった安らぎ。アレクセイはレイモンドのそばにいると、心の重荷が消えていくような気がした。状況はなにも変わっていないのに、カリカリしていた自分が馬鹿に思える…。  けだるい沈黙を破ってレイモンドが唐突に話を始めた。 「ケイジ・ラダーに会いに来たんだ」 「えっ?」 「極東地区へ来た理由だよ。さっき、訊いただろう」 「は、はい。あ、あのメタル・ラダー社の、社長に会いにこられたんですか」  メタル・ラダー社にとってコスモ・サンダーはさんざん迷惑をかけられた天敵のはず…。 「うん。ほんとはもっと早く会うつもりだったんだけど、俺が忙しかった。一流企業のトップをコスモ・サンダーの本部に呼びつけるわけにはいかないからね。ようやく、動けるようになって、飛んできたってわけ」 「はあ…」 「約束は今日の夕刻なんだ。それで、時間があまったからアーシャの顔を見ておこうと思ってさ」  ついでであっても、自分に会いに来てもらえたのはうれしいとアレクセイは思った。だが、メタル・ラダー社の社長に何の用だろうか。その表情を読んだのか、 「言ったことがあったかな。新しい事業を始めたいって」  レイモンドがうれしそうに言う。  聞いた覚えがあるような気もしたが、どんな事業かは聞いていない。 「いえ、詳しいことは…」  レイモンドが応える前に、執務室のドアがノックされる。続いて 「中央艦隊のポール・デイビス司令官が来られました」  と警備兵の声が告げた。 「ポールか、入れ」  レイモンドが簡潔に応じた。 「失礼します」  執務室に足を踏み入れたポールが、レイモンドの前に進み出て拳を胸に当てる。そうしながらも、眉をひそめている。やはり、服装に文句があるのだろう。 「思ったよりも、早かったな」 「はっ。護衛が遅れては話になりません、急がせました」 「部下に無茶させたんだろう。どうせ連れて行けないんだから、ゆっくりでいいと言ったのに」 「総督お一人で行かせるわけにはいきません。我々が…」  ポールの言葉を先回りしてレイモンドが釘をさす。 「ダメだ。メタル・ラダー社がコスモ・サンダーのことをどう思っているかわかってるだろう。何度も略奪したんだぞ。俺がコスモ・サンダーの総督だと知られたら会えなくなる。護衛艦が付いてきてみろ、海賊が攻め込んできたと宇宙軍に連絡されるのが落ちだ。メタル・ラダー社の私設軍に攻撃されるかもしれない。俺はミスター・ラダーと親しいんだ、一人がいい」 「せめて、ボディガードだけでも、連れて行ってください」  ポールが言い張るのをレイモンドが冷たく却下した。 「ボディガードとかいって、おまえが来る気だろう? こんなゴツいの連れてったら、メタル・ラダー社の受付で追い払われる」  チャラチャラした格好で宇宙一の大企業を訪ねて、受付に追い払われないという自信があるのだろうかとアレクセイは内心、首を捻ったのだが。 「コスモ・サンダーの戦闘用ジャンプスーツなんて問題外。わざわざこんな格好してきた苦労が水の泡だ。おまえに俺と同じ格好ができたら連れて行ってやってもいいよ」  ふふっと笑ってレイモンドが言う。悔しそうな顔をしたポールは食い下がった。 「それなら、誰か若手を…」 「くどい! おまえが心配してくれる気持ちはうれしいが、大丈夫だ。もし、万が一、襲われても俺一人の方が逃げやすい。足手まといになりそうなヤツなんて連れて行かないぞ」 「総督?」 「なんだ、アーシャ」 「あなたと同じような格好ができて、足手まといにならなければ、連れて行ってもらえるのですか」 「ミスター・ラダーと大切な話がある。内密の話だから、下っ端は無理だな」 「それをクリアできれば?」  レイモンドが応える前に、ポールが口を挟んだ。 「おいおい、総督の後ろを任せられて、この格好が似合う幹部なんているか? 俺が連れてきた中にはいないぞ」 「総督お一人でメタル・ラダー社へ乗り込ませるより、誰でもいいから一緒に行けるならその方がいいだろう、ポール?」 「それはそうだが…」  ポールを説得すると、アレクセイはレイモンドに向き直った。 「僕が行きます」  断固とした口調であった。  忙しいのではないか、第4艦隊は大丈夫なのか…。拒否する理由などいくつもあった。だが、レイモンドの直感が、アレクセイなら構わないと言う。仕方がないな、という風にレイモンドが肩をすくめた。 「そう。じゃあ、俺が惑星ティンのバザールで買ってきた服を着てみせてもらおうかな。おまえなら似合いそうだ。あっ、宇宙軍の制服でもいいけど」  宇宙軍の制服という台詞にへっという顔をしたポールを横目に、アレクセイはそっと、諦めのため息を吐いた。
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