第一章

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6 再会  惑星シエラ。  メタル・ラダー社の社長室である。  社長からの急な呼び出しに、開発チームのチーフ、ジャック・ワイズは開発室を飛び出してきた。軽くノックをした後、重厚な扉を開く。 「お呼びですか」 「ああ、ジャック。珍しい客が来ることになっている。キミにもいてもらいたい」 「珍しい客って、どなたですか?」 「見てのお楽しみ、だ」  仕事中の社長はいつも厳しい雰囲気をまとっているのに、いつになくはしゃいだ様子にジャックは首を捻る。 「はい……」 「ん、どうした。何か腑に落ちないことでもあるのか」 「いえ、ビジネス関係のお客様ですよね」 「そうだな、半分以上プライベートだ。が…、ビジネスの話もできたらいいと思っている」  ケイジ・ラダーのあいまいな言い草に、ジャックはますます首を捻った。  涼しげなチャイムの音に続いて、スピーカーから声が聞こえる。 「社長、阿刀野様とお連れ様がお見えになりました」  ケイジ・ラダーは連れという言葉に一瞬、躊躇したが、あの男がまずい男を連れてくるはずがないと思い直す。 「通してくれ」 「畏まりました」  阿刀野という名にジャックは驚きもしない。ケイジ・ラダーが、宇宙軍第17管区の隊長である阿刀野リュウやルーイン・アドラーとちょくちょく会っていることを知っていたから。  ところが。  秘書によって開かれたドアから入ってきたのは、目にも鮮やかな服をまとった、しかも、恐ろしいほどに似合っている2人組であった。 「え…、ええっ!」  その服装だけではなく、顔に目をやったジャックは目を見開いた。 「ご無沙汰しています、ミスター・ラダー。お忙しいのに時間を割いていただいて、ありがとうございます」  しごく当然な挨拶をして、にこやかに笑ったレイモンドにケイジ・ラダーが顔を綻ばせる。近寄って、すっとレイモンドの肩に手を回すと、親愛の情を込めて抱きしめた。 「よく、来てくれた。元気そうだ。また、会えてうれしいよ」  座ってくれ、とソファを指し示されたレイモンドに、愕然とした表情でジャックが声をかけた。 「あ、阿刀野レイ…。あんた、生きてたのか」 「おかげさまで」  小さく微笑むレイモンドを見て、ケイジ・ラダーがおかしそうに言う。 「ジャック。生きてたのかって…、キミも毎日のように彼の闘いぶりを見ていたのに気づかなかったのか」 「闘いぶり? どういうことですか」 「ミスター・ラダーはご存じだったんですね。俺のこと」  レイモンドの言葉にケイジ・ラダーがうなずく。 「ジャック。先に教えておこう。彼の名はレイモンド・ゴールドバーグ・ハンター。半年前からコスモ・サンダーの総督を務めているのは彼だ」 「な、なにっ! コスモ・サンダーの総督っ」  叫ぶなり、ジャックは腰からレーザーガンを引き抜いた。  あ~あ、やっぱり。メタル・ラダー社の連中にはものすごく嫌われているなとレイモンドはため息をついたのだが、ふと気づくとアレクセイが自分を庇うように前に立ち、ジャックに銃を突き付けていた!  その服装と大型銃のギャップは笑えるモノだったが、一発触発の雰囲気では笑い飛ばすこともできない。 「よせ! ジャック!」 「っ! やめろアーシャ」  ケイジ・ラダーとレイモンドが同時に叫んだ。 「社長! 相手は海賊ですよ。危険だ、下がっていてください」 「キミは阿刀野くんを知っているだろう。それに今は、わたしの大切な客人だ。失礼なふるまいはよすんだ」 「アーシャ。銃を下ろせ」 「しかし…」 「いやです」  今度はアレクセイとジャックの声がそろった。その瞬間、穏やかだったレイモンドの表情が一変した。 「いますぐ銃を下ろせ! 俺は命令の聞けない部下などいらないッ」  厳しい声音での冷たい叱責に、ジャックもケイジ・ラダーも固まってしまった。それでもアレクセイは、 「あなたに怪我をさせたら、僕はポールに殺され……」  その言葉が終わらぬうちに。  ガシッ、ドガッ、ズサッ。  レイモンドがアレクセイの銃をたたき落とし、ついでに腹を蹴り上げていた。  効果的な一撃に、うっと声を詰まらせたアレクセイが、身を二つに折って膝をついた。 「俺に恥をかかす気か。ミスター・ラダーは俺がコスモ・サンダーの総督だと知っていて客として迎えてくれたんだ。俺はミスター・ラダーを信じている。おまえの態度がどれほど礼儀を失しているかわからないのか。見損なった。今すぐ出て行け!」  エメラルド・グリーンの瞳に、灰色の縞が浮いていた。間違えようのない怒りに、アレクセイはぶるっと身震いする。 「申し訳ありません」  ようやく立ち上がったアレクセイが、小さな声で謝罪する。レイモンドは腕を組んで、厳しい表情のまま睨み付けている。もうおまえに用はないとレイモンドが突き放す。  だが、アレクセイの瞳は決してこの場を離れないと主張していた。  無事には収まりそうもない。レイモンドの怒りを目の当たりにしたジャックは、身体を強ばらせていた。その手に持つレーザーガンが小刻みに震えている…。  恐ろしいほどの沈黙を、ケイジ・ラダーが破った。 「なるほど。阿刀野くんがどんな風に総督をやっているのか想像できなかったんだが。う~ん、クール・プリンスが冷酷無比だと恐れられていたのはこういうことだったのか」  つ、と。レイモンドの視線がアレクセイから外れ、ケイジ・ラダーへと移ってくる。その表情はまだ固い。 「阿刀野くん。いや、ゴールドバーグ総督。最初に銃を抜いたのはジャックだ、こちらに非がある」 「いえ、ミスター・ラダー。関係ありません。アレクセイが俺の命令に従わないところが問題なんです」 「アレクセイ? そうか、極彩色の服装があまりに似合っているから気がつかなかった。その男は第4艦隊の司令官か。なるほど」  アレクセイを上から下まで眺め回してから、ケイジ・ラダーが言葉を継いだ。 「わたしはかねがね、アレクセイ・ミハイル司令官の手腕に感心していた。彼が司令官に就いてから極東地区では問題がひとつも起こっていない。これほどこの地区が平和になったことは初めてだ。仕事がやりやすくなったよ。極東地区を仕切っている男に、一度、会ってみたいと思っていたんだ」  手放しの誉め言葉にアレクセイが口を挟む。 「単に総督の指示に従っただけで…」 「黙れ! 誰が話していいといった?」  ほんの少し和んでいた空気が、また凍り付く。 「阿刀野くん。ここはわたしの部屋で、キミたちはお客様だ。ジャックも納得したようだし、キミも彼を許してやってくれないか。時間がもったいないし、そろそろ、話をしたいんだが」  ケイジ・ラダーに諫められて、レイモンドはしぶしぶうなずいた。 「……わかりました。アレクセイ、部屋の隅に立ってろ!」  レイモンドが冷たく命じる。ケイジ・ラダーは厳しすぎると思ったが、アレクセイはほっと大きく息を吐き、うれしそうに応えた。 「ありがとうございます」  この部屋にいさせてもらえるだけで、十分だった。レイモンドから目を離さずにいられるし、これからの話を聞くこともできるのだから。  アレクセイはケイジ・ラダーに感謝の目を向けた。
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