リアルの破壊力

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 私がハマってやめられない、女性向けの恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲーム。攻略対象を定めて、アプローチを繰り返したその先には、甘い言葉が待っている。ドキドキするシチュエーションや台詞。顎クイや壁ドンはもちろん、リアル世界ではなかなか体験できないドキドキ・キュンキュンが味わえる。  そのセリフに悶絶して、今日も満足する。私は、糖度高めの作品が好きだ。 ギミックをクリアしないと聞けない台詞があったり、チャットで自分好みの聞きたい台詞を引き出したり。  乙女ゲーム以外のゲームも好き。パズルとか、RPGとか、ホラー系以外は、ビジュアル的に好みのものならなんでもOK。つい寝食を忘れて没頭してしまう。  でも、ちゃんと会社には行って、自分で自分の食い扶持は稼いでる。メイクは適当だけど、仕事に見合う服を着て、お風呂も入って清潔感は維持してる。ゲーム課金は・・・しているけれど、月にいくらまで、ってちゃんと決めてそれ以上は使わない。一応、今、この社会で生きていくための理性は自分なりには保っている、つもり。  だけど、ゲームに夢中になりすぎて、前の彼氏には振られた。 「もうちょっと。」 5分が、10分になり、30分になり。彼氏が構いたいときに、キリがいいところまで進めたいとか、時間限定イベントがあったりだとかで、私はゲームがしたくって、もう少しだけ・・・で放置、ということが数回続いたから。・・・けど、彼氏にゲームよりも夢中になれなかっただけだよね?って、ちょっと悪かったなとは思ったけど、あんまり落ち込まなかった。  そんな私に、最近できた同い年の新しい彼氏。友達に、もう一年も彼氏いないでしょ、と誘われていった合コンで知り合った。ゲームが趣味、特に乙女ゲーム、とはっきり言いきった私に引かず、自分はゲーム開発の仕事をしていて、趣味もゲームだと返してきた。何が好きなのかとか、これは自分も好きだとか、意外と話が盛り上がって、連絡先を交換し、2回ほどグループ飲みをして仲良くなって、付き合うことになった。 「由衣ちゃん」  私よりも20センチほど背の高い彼は、徐に私の名前を呼び、顎に手を添え上を向かせて優しくキスをする。私は心のなかで悶絶しながらうっとりと目を閉じる。 「由衣ちゃん、かわいい。」 「そんなこと、ない・・・」 かわいいなんて言われ慣れていない私は、恥ずかしくて目を逸らす。 「なんで、そんなこというの・・・。俺がかわいい、っていってるんだから、素直に受け取ってよ。」  そんな言葉を囁きながらキスされると、心臓がもたないのではないかというくらいにバクバクと音を立てる。  彼・・・涼くんは、甘く優しく私を口説く。ゲームでは、自分の選択や言葉で返ってくる台詞やスチルが決まるのに、涼くんは私がまるで予測できない言動をする。ふと目が合ったときのやさしく見つめる瞳、不意打ちなキス。今までは二次元でしかなかった台詞やシチュエーションが、現実のものとして自分に施される。  背も高いし、イケメンなほうだと思うし、コミュ障ってわけでもなさそうだし・・・どうやら女慣れしているようだし。こんなにいい物件がなんで私のところに?・・・私の妄想じゃない、現実だよね? 合コンのときには、半年くらい彼女がいない、と言っていたけれど・・・。なにか、訳アリ物件なんだろうか、といぶかしんでしまう。 「涼くんは・・・前の彼女とはなんで別れたの?」  付き合って2か月くらい経った頃に、ついに、聞いてしまった。ちらっと私に目線を移したあと、ぼそっと呟いた。 「ゲームばっかりしててヤダ、って振られた。」 「ほんとに・・・?私と一緒だ・・・。」 私は驚いて目を見開く。その顔をみて、涼くんは声をあげて笑った。 「あははは、そうじゃないかと思ってた。」 「もう、なにようー・・・」  ちょっとうざがられそうなやりとりも、涼くんとだったらあけすけに話せるし、雰囲気もなぜか明るくなる。涼くんの話術のなせる業だな・・・と感心する。  お互いにゲームが趣味、というだけあって、おうちデートが多くなる。一緒のゲームを二人ですることもあれば、別々に画面を眺めていることもある。その日、その時の気分で決まる。  時々、これでいいのかな、と思っても、涼くんは私がゲームをしていても何も言わない。終わるまで何も言わずに待っていてくれる。  私がゲームを終えてふと見上げると、涼くんはケータイを操作している。そっと隣にいくと、涼くんは目線を上げて、ケータイを置き、私の肩に手を回す。 「いいよ、ちゃんと終わるまで。」 そういうと、ゲームの画面を開いて、少しだけ進めて、再び閉じる。 「今日は、ここまで。あとは、由衣ちゃんといちゃいちゃしたい。」 涼くんの言葉に私の胸は高鳴る。  最初は、同じ趣味なら、理解してもらえるし楽しいかも、くらいで始まったお付き合いだったのに、だんだんと一緒にいたい気持ちが強くなる。もっと、涼くんの言葉が聞きたい。いろんな表情が見たい。  どうしよう。私、この人が、好きなんだ。  好きだ、と自覚すると、嫌われたくない、という気持ちが顔を出す。  今日は、寒いから涼くんの家でゆっくりまったりゲームをしながら過ごそう、という話になって、お菓子やジュースをいろいろ買い込んできた。 「あ、の・・・。ゲームの時間とか、決めたほうがいいかな?」  私は思い切って涼くんに切り出した。 「大丈夫だよ。休みなんだし、由衣ちゃんの好きなように時間を使って。・・・それとも、俺がゲームに時間使い過ぎてる・・・?何か、他にしたいこととかあった?」 涼くんは、少し焦ったような表情になる。 「ううん、そんなことない。私が、いつもゲームばっかりしちゃってるから・・・、涼くんが、嫌がってないかと思って。」  私が慌てて否定すると、涼くんはほっとしたように息を吐いた。 「嫌じゃないよ。俺は、ゲームをしてる由衣ちゃんも、かわいいって思ってるから。」 複雑な顔をする私をみて、涼くんがニコリと笑顔を見せる。 「今、由衣ちゃんがやってるゲーム・・・それ、”恋カフェ”でしょう?」 私は驚いて涼くんを見る。  ”恋カフェ”・・・”恋するカフェへようこそ” という、私が今ハマっている乙女ゲームだ。 「な・・・なんでわかるの。もしかして、涼くん・・・」 乙女ゲームやってるの?・・・と言おうとした瞬間、涼くんが口を開いた。 「実はそれ、俺の会社で開発したんだ。」  私は目を瞠る。たしかに、涼くんは、ゲーム開発の仕事をしているとはいっていた。けれど、それがまさか自分がハマっている乙女ゲームだとは・・・。 感動すると同時に少し恥ずかしくなって俯く。 「自分の作ったゲームを楽しんでもらえるのはうれしいし。シナリオにはかかわってないから、詳しくはわからないんだけど・・・多分、いい展開のときはデレデレな顔してるし。いい展開にならなかったときはげんなりした顔してるし。・・・そんな反応を間近で見てるのも楽しいんだ。由衣ちゃん、ゲームしながら百面相してるの・・・、自覚なかった?」  表情にでているなんて、無自覚だった。外出先ではゲームしないようにしていてよかった・・・じゃない。バッチリ、涼くんに見られていたんだ。 「やだ・・・恥ずかしい。」 私は両手で顔を覆う。それをみて、涼くんはすっと肩を抱く。 「ゲームのことは抜きにしても。そういう恥ずかしがる顔、ツボ。」 そういって、ちゅっとキスをする。私は更に恥ずかしくなって鼓動が上がる。 「ゲーム中よりも・・・、俺がこうやって口説いてるときのほうが、ずっといい顔してる。」  そういいながら、私の頭を抱えて、顔中にキスの雨を降らせる。クラクラして心がとろける。リアル、すごい。 「今日は・・・、泊ってってくれる?」  誘うような瞳に見つめられて、私は黙って頷く。  涼くんの家の小さなベッドで、体をくっつけていると、心も体もあたたかい。まだ眠っている涼くんの顔をじっと見ていると、涼くんの腕が私を探すようにごそごそと動きだした。 「涼くん・・・もう9じだよ・・・」 「んー・・・、もう少しだけ。」 涼くんに腕を回されて、私は彼の胸に額を寄せた。
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