年上オメガは嘘をつく

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翻訳は在宅の仕事だし、時間も自由だ。今までみたいに仕事から帰るまで天翼を一人にさせなくてもいい。 正直、四年生になるまでそうやって来たのだから今さら、とも思うけど、そのことに関してオレはずっと気になっていたし、どうせあと数年もしたら親が鬱陶しくなる年になる。それまでオレが天翼を構い倒したい気持ちもあるのだ。 今まであんまり構ってやれなかったし・・・。 片親に加えてオメガであるために、天翼は小さい頃から一人にさせることが多かった。もちろん完全に一人なのではなく、そこは保育園だったり姉の家だったりしたけれど、寂しくなかったわけがない。いまさらだけど、少しでもその埋め合わせがしたいと思った。 でも、翻訳の収入ってこんなにあったんだ・・・。もっと早く気付いていたら天翼に寂しい思いをさせなくて済んだし、彼とも再会せずに済んだのに・・・。 今更ながら自分のずぼらさを悔いてしまう。だけど、とりあえず仕事を辞めても大丈夫なことが分かったので、良しとしよう。 そう思って辞表を書いて5日ぶりの会社に向かうと、微かに薫る彼の香りを嗅ぎ取ってしまう。 こんなにもたくさんの香りの中で、わずかな香りを嗅ぎ分けてしまうなんて・・・。 オレは軽く頭を振ると、辞表を持って部長室へと向かった。始業前だけどもう来ているだろう。案の定、ノックをするとすぐに返事がきた。 「失礼します」 一言いって中に入ると、部長に軽く挨拶をして辞表をデスクに置いた。それを見て驚く部長。 「いきなりどうしたんだ?」 そりゃそうだろう。オレだって辞めるつもりはなかったんだから、部長にとったら青天の霹靂だ。 「ここにももう12年いましたし、そろそろ転職でもしてみようかと・・・」 まあ、嘘ではない。転職先はまだ決まってないけれど。 特に淀むことなく言えたと思ったのに、部長は神妙な顔つきでオレをじっと見る。その視線が痛くてつい下を向いたオレに、低い声で部長が言った。 「結婚・・・するのか?」 一瞬何を言われたのか分からずぽかんとする。 結婚? 「違いますよ。そんな色気のある話、オレには全く無縁なの知ってるじゃないですか」 「じゃあなんでいきなり辞表なんだ?こういう時は普通寿退社だろ?」 確かに結婚が決まったときに退社する女子やオメガは多い。 「でもオレは違います。結婚の予定はありませんし、相手もいません」 そのオレの言葉に部長は何かを言いかけてやめた。それにちょっと疑問を持ちつつ、オレは言葉を続けた。 「休みの間に家計を見直してたら、副業での収入が案外多くて、その一本で生活出来ることが分かったんです」 「副業?」 「はい」 この会社は副業を認めている。なのでなんの問題もないはずだけど、部長は眉間に皺を寄せて額に手を置いた。 「生活出来るほどの副業ってまさか・・・」 苦虫を噛み潰したようなその口調に、オレは一瞬分からなかったけど、すぐに何を言いたいのか分かった。 オメガ。 勤務外での副業。 高収入。 考えられるのは夜の仕事だ。 「違いますよ。子供がいるのに夜の仕事なんてする訳ないじゃないですか。ちゃんとした仕事です」 その言葉にふと視線を上げる部長。 「・・・違うのか?」 「違います」 否定はするけど、翻訳とは言わなかった。オレが日本語以外にも外国語ができるなんて会社では言ってなかったからだ。 「普通に転職するだけで生活は変わりません。ただ、副業が在宅なので、子供の為にもその方がいいと思ったんです。会社に不満がある訳でもないのでご心配なく」
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