年上オメガは嘘をつく

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集合場所に着くと、思いの外たくさんの保護者が来ていた。その人ごみをかき分け、天翼と共に担任の待つバスに向かう。そして天翼が無事にバスに乗り込んだのを見て、オレはバスから少し離れた。天翼はちょうど真ん中辺の窓際だ。こっちに気づいたので軽く手を振ってやると、向こうも返してくれた。 可愛いな。いつまで手を振ってくれるだろう。 そんなことを思いながら出発までその横顔を眺め、いよいよ出発という時間になった。ドアが閉まり、エンジンがかけられる。そこでもう一度こちらを見てくれた天翼に手を振り、バスを見送った。 ほぼ予定通りに出発したので、家に帰ってもだいぶ早い。久しぶりにゆっくりするかな・・・と思っても、貧乏性なのか落ち着かない。結局いつもは帰ってからやる家事をして過ごし、定時に出社した。 オレの人生はこれまで、概ね平凡だった。 第二性診断でオメガと分かっても、身体的特徴の背が高くなく筋肉が付きにくいというもの以外、ほとんどオメガっぽくなかった。 見た目もそうだけど、フェロモン的にもいまいちだったらしく、ベータにオメガだとバレないどころか、フェロモンで分かっているであろうアルファもオレの周りには寄っては来なかった。 それでもオレはオメガとして生きていく予定はなかったので、むしろそれをラッキーと思って自分の好きなように生きてきた。 それでも性に囚われずに生きてこれたのは学生までで、どうしても就職ではその壁を越えられず、オメガ枠でしか採用されなかった。 あれは社会人一年目の年だった。 希望の職種に、オメガであるために就けなかったオレはそれでも一番いい条件の会社に入社。けれどその鬱憤を晴らすかのように、暇さえあれば母校の研究室に通っていた。 恩師の教授の手伝いをしながら研究室の手伝いをしに、時間がある時はいつも大学に通っていたオレは、そこである学生に出会った。 その学生は知り合いの知り合いよりもずっと遠い、ほぼ他人だった。 超マイナーな一般教養の試験の過去物を探しているという研究室の学生に、それを持っていると伝えると知り合いが探しているという。けれどその知り合いも、実はその知り合いの知り合いらしく、話をたどっていくとまるで伝言ゲームのように学生から学生に話が伝わっていってたらしい。そこまで行くと誰の知り合いだったのかよく分からなくなって、結局直接本人に渡して欲しいと言うことになった。 まあ、特に問題もなかったのでそのまま本人に会うことにしたのだけど、そこに現れたのが彼だった。 彼は経済学部の一年生だった。どこをどう話が回ったのか、オレの研究室とは全く関係ない学生だった。彼自身、何気なく呟いた言葉がこんなにも広まり、全く知らないオレの耳にまで入ってわざわざ持ってこさせてしまったことに最初はとても恐縮していたけれど、オレが『気にしなくていいよ』と言うと、人懐っこい笑顔を見せてくれた。 その笑顔が眩しかった。 それから例の過去物を渡して去ろうとしたオレを彼がひきとめたところから、オレたちの関係は始まった。 初めはお礼がしたい、だった。そこでメッセージアプリのIDを交換したところからメッセージが来るようになり、お礼と称した食事が終わってもランチにお茶に誘われ、気がつくと大学に来た日は会うようになった。そして、それが恋人関係になるまで、そう時間はかからなかった。 予感がなかった訳じゃない。 初めて会ったあの時、彼はアルファで、且つオレを引き止めた。突っぱねるべきだったんだ。でもしなかった。出来なかった。他人(アルファ)に興味がなかったオレの心に、なぜか飛び込んで来た彼の手を、オレは振り払うことが出来なかった。
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