年上オメガは嘘をつく

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初めて他人がオレの心を支配した。 独占力と支配力に喜びを感じ、囲われると幸せだった。そんな自分に戸惑いながら、ダメだと思いながらも続けてしまった関係に、ついにバチが当たった。 妊娠したのだ。 共に過ごしていた発情期最後の日、ゴムを切らしてしまった。けれどあと少し。このまま続けて欲しかったオレはそれを願い、後でピルを飲めばいいと思った。なのに疲れて眠ってしまったオレがピルを飲んだのは半日たった後だった。 検査薬に浮き出た赤いライン。 それを見た瞬間、オレは彼との別れを決意した。 本当なら妊娠を告げ、一緒に考えるべきなんだろう。でもオレにはそれが出来なかった。なぜなら、オレと彼は嘘で塗り固められた関係だったから。 初めて会ったあの時、オレは自分のことを一切言わなかった。なのに彼は勝手にオレをこの大学の三年生だと思っていた。スーツを着ていても就活中だからと、勝手に解釈して疑問にも思わず、学部も住所も何も訊かれなかった。 実家に住んでいるというオレの嘘を信じた彼と会うのはもっぱら彼の家。発情期も彼の家で過ごした。 だから彼は、オレをこの大学に実家から通う三年生だと思っていた。 何一つ合っていない。 彼が知るオレの真実は名前とメッセージアプリのIDだけ。 彼と付き合って一年と少し。いい時期だ。 オレは彼にこう告げた。 『オレの就職先まだ言ってなかったけど、超ハイスペックなアルファの所への永久就職なんだ。ちゃんと話が決まるまで清いお付き合いだったんだけど、今度正式に婚約が決まったんだ。だからもう会えない。今まで遊んでくれてありがとう』 にっこり笑ってそういった時の彼の顔が今でも忘れられない。 そんな彼にオレは追い打ちをかける。 『どういうことか分かるだろ?オレの幸せの邪魔はするなよ。お前もスペックを上げて、もっと可愛いオメガを番にしろよ』 そう言ってオレは振り返りもせずにその場を去った。 それからスマホを解約して、教えてなかったけど念の為自宅も引っ越した。大学に行くこともやめ、教授の手伝いはもっぱらネット上で行った。そしてそのまま(彼の中でのオレは四年生なので)、オレは大学を卒業したことにした。 話し合う、べきだったのだろう。 本当なら妊娠したと話し、本当のことを告げるべきだったのだ。彼が知っているオレは本当のオレじゃない、と・・・。けれどそれを告白するには、オレは彼を好きになり過ぎていた。 初めての恋人。 初めての恋。 本当のオレを知ってしまったら、オレはお腹の子ごと捨てられてしまうかもしれない。そんなことになったら、きっとオレは耐えられない。だったら自ら彼から離れよう。 もう少し冷静になっていたら、誠実な彼が偽っていたとはいえ妊娠した恋人を簡単に捨てるなんてする人ではないと分かるのだけど、その時は悪い考えしか頭に浮かばなかった。妊娠すると心が不安定になるので、そのせいかもしれない。 けれど、今思えばあれでよかったのだ。もしもありのままのオレを受け入れてくれたとして、当時大学二年の彼に何ができただろう。きっと将来も何もかもを捨てて、大学を辞めて働くと言ったに違いない。もし本当にそうなっていたなら、オレはきっとそうさせてしまった自分が許せなかったと思う。 意図したわけではないけれど、彼に嘘をついたのは自分。避妊に失敗したのも自分。全て自分が招いたことだ。なのに彼の人生を台無しにしてしまったら・・・。 オレは出来損ないのオメガだけど、彼は優秀なアルファなのはすぐに分かった。オレなんかのパートナーにするには勿体ないほどに。だから妊娠しなくても、オレは彼と付き合うのは彼の在学中までと決めていた。
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