年上オメガは嘘をつく

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大学を卒業して就職し、その忙しさで会う日を減らして少しずつフェードアウトして行く二個上の先輩を、オレは演じるつもりでいた。だけど、妊娠でそうする時間が無くなってしまった。時間をかけたらお腹が出てきてしまう。だからオレは強硬手段に出たのだ。 やんわり別れるのではだめだ。彼は納得しないと言って、きっと別れに応じてくれない。 黙って姿を消すのもだめ。オレへの思いを断ち切れず、いつまでも前へ進めなくなってしまうだろう。 だからオレは、ああいう手段に出た。 とことん嫌な奴になり、嫌われるのだ。そうすれば未練など残らない。未練どころか、嫌い憎むかもしれない。だけどそうすれば、それは前へ進む原動力になる。オレの言葉は彼の心を傷つけるかもしれないけれど、きっとそれは彼をもっといいアルファにしてくれるに違いない。そして将来、そんな彼にふさわしいオメガと出会って、番になればいい。 こんな年増で出来損ないのオメガじゃなくて、ちゃんとした彼に相応しい年齢の可愛いオメガをパートナーにするべきだ。 もともと最初に会ったあの時に、彼の間違いを正して本当のことを言っていれば始まらなかった関係だ。彼の人生に関わるはずのなかったオレが関係してしまったことによってズレてしまった彼の未来を、オレがいなくなることによって元の軌道へと戻す。 けれど、オレが犯した過ちを正しただけなのに、オレは彼からたくさんのものをもらってしまった。 彼を好きになることの喜び。 彼に愛されることの幸せ。 そして、愛する人とのかけがえのない命。 嫌われ、憎まれるくらいではおつりが来てしまうほどの大きなものを、オレは彼からもらってしまった。 正直、最初から何も始まらなければよかったと思っていた。 初めて会ったあの時、彼がオレのことを二個上の先輩だと思っていると分かった時に、すぐに訂正していればよかったと。 オレはここの学生じゃない。ここの卒業生で社会人なんだ。それも大学の卒業生ではなく、大学院の卒業生なんだと。 でもそれが出来なかった。 彼に会ったあの時、オレは少しでも彼の視界の中に入っていたいと思ってしまったからだ。 小学生が制服を着た中学生をとても大人に思うように、大学生は社会人をひどく年上に思う。たかが四歳差でもそう思うのに、オレと彼は八つも違うのだ。 もし本当のことを言ったなら、その瞬間同じ学生の先輩という気安さが消え、たまたますれ違った程度の知らない社会人になっていただろう。けれどオレは、そうなりたくなかった。 人懐っこく笑って話しかけてくれた彼の顔から笑顔を消したくなかった。緊張して恐縮する姿に変わるのを見たくなかった。だからオレは、彼の間違いをそのままにしてしまった。 まさかあの時は、こんな深い関係になるなんて思ってもなかったから・・・。 今まで誰かを好きになったことがなかった。 オメガに生まれたのに、誰かと肌を重なることも、ましてや交わることなどなかったし、したいとも思わなかった。 発情期は来るけれど、アルファなど求めることも無く、適当に疼く身体を自分で慰めていればそれでよかった。 なのに・・・。 彼はどんどんオレの心の中に入り込んできた。 そしてオレは、そんな彼を内心戸惑いながらも受け入れ、そして彼に全てを許してしまった。 何度彼の間違いを正さなかったことを後悔したか。そして何度、本当のことを言おうと思ったか・・・。けれど出来ないまま時が過ぎ、オレは妊娠した。 これはバチなのか。 それともチャンスだったのか・・・。
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