年上オメガは嘘をつく

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オレには分からなかった。分からなかったけれど、その時のオレは嘘を正さなかった『バチ』と捉え、彼から離れることを決めた。 それが本当に正しい選択だったかどうかは分からない。けれど今、オレはその選択に後悔はない。 きっと彼は今頃、オレの思い描いた通りハイスペックなアルファになって、可愛いオメガのパートナーを得ているに違いない。そして誰よりも幸せな生活を送っているだろう。 それにオレだって、この世で最も愛する人の子をこの腕の中に抱えることが出来たのだ。たとえ始まりが『失敗』だったとしても、その存在を知った時からそれはオレの喜びになり、幸せになって宝物になった。 自分のお腹に宿った命が、こんなにも愛おしくて大事なものだなんて思わなかった。もし彼と出会わなければ、オレは誰かを愛することも交わる幸せも知らず、一人で生きていただろう。なのにこんな幸せを知ることが出来た上に宝物まで授かって・・・。 オレには過ぎる幸せだ。 小さな子と関わったことのなかったオレの子育てはめちゃめちゃだったと思う。だけど、周囲の人に助けられ、天翼は本当にスクスクと大きな病気もケガもせず良く育った。おまけにとてもいい子で自立心も旺盛。オレを困らせるどころか、小さい頃からオレを助けてくれる存在だ。 本当にオレの子だなんて思えないほどよくできた子だ。 初めは一人で子供を生んで育てることを反対した両親も、(はな)から賛成して協力してくれた姉も今ではみんな天翼にメロメロだ。 今じゃオレから頼まなくても天翼に手もお金も掛けようとするから逆にこちらから断ってる形になっている。 ありがたいけど、オレだけでできるうちは自分の力だけで育てて行きたい。 そう思って日々を過ごしている。 だけど、天翼には寂しい思いも辛い思いもして欲しくない。片親だからって不自由させたくないから、どうしてもの時は家族を頼る。 両親は今は近くにいないけど、都心で働く姉は何かとオレたちを気にかけ、助けてくれる。最近では天翼も手がかからなくなったと言って、オレの発情期に預かってくれたりもする。いまだって、ちゃんと出発したかメッセージを送ってきた。 『おはよう。天翼はちゃんと行ったの?』 『おはよう。ちゃんと行ったよ。天気も良くてよかった』 『きっと楽しんでくるわね。由貴(ゆき)は久しぶりの一人。寂しいんじゃない?』 『まさか。一人でのびのび羽を伸ばすよ』 『そうね。あんたは頑張り過ぎてるくらい頑張ってるから、少しのんびりしなさい。でも寂しくなったら付き合ってあげるから、いつでも連絡寄越しなさいね』 そのメッセージにありがとうのスタンプを送って、オレは姉とのやり取りを終了した。 そんなことをしているうちに着いた会社のエレベーターで、ふと胸騒ぎに襲われる。 なんだろう。首の後ろがゾワゾワして落ち着かない。 そう思いながらオフィスに入った瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。そして鼻腔をくすぐる香り・・・。 この香りは・・・! 慌てて見回したオフィスの奥に、やはり驚愕の表情を浮かべてこちらを見る人影が・・・。 どうして? なんでここに彼が・・・?! 早鐘のように脈打つ心臓に思わず手を当て、オレは目を瞑った。息が上手く吸えない。 落ち着け。 ここは会社だ。 頭の中の理性の声に、オレは大きく息を吸って吐いた。そしてまた吸う。 大丈夫。 オレは大丈夫だ。 そう心の中で呟いて、オレは目を開けると自分のデスクに座った。
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