年上オメガは嘘をつく

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今日から新しい課長が来ることになっていた。おそらく彼がそうなのだろう。 部長が早期リタイヤをしたためこれまでの課長が部長に上がり、空いたポストに他社からヘッドハンティングされてきた優秀なアルファがつくという話は聞いていた。 そのため、本来なら週明けから出社する所を紹介も兼ねて金曜日の今日からにし、終業後歓迎会をやると言う通知は来ていたが、それが天翼の校外学習と重なっていたため出席にしたけど・・・。 欠席にすればよかった・・・。 そう思ってもあとの祭り。まさか新しい課長が彼だなんて想像もしていなかったのだから仕方がない。 オレは密かに気合を入れて仕事の準備に取り掛かった。 程なくすると始業時間になり、彼の紹介が行われた。オレの予想通り彼は新しい課長だった。直属の上司になったため、これからきっと関わる機会が増えるだろう。 やって行けるだろうか・・・。 オレの中で一抹の不安が過ぎる。 離れていたからこそ、彼の出世と幸せを願うことが出来た。嫌いになって別れたわけじゃない。むしろオレは彼を好きなまま別れたのだ。出世していく彼を見届けることは出来ても、目の前で別の誰かと幸せになる姿を、オレは果たして冷静に見ていられるだろうか・・・。 潮時かもしれない。 この会社に入って12年。本当はこの間、他からの話はあった。けれど天翼を育てているとどうしても慎重になり、今安定している生活が変わることを恐れた。 だけどそれなりに貯蓄もできたし、天翼も大きくなった。 本当は最低あと二年、天翼が小学校を出るまでいようと思ったけど、いいかもしれない。それにちょうど一件誘われている場所がある。 天翼が帰ったら相談してみよう。 オレはもともと研究職が希望だった。 そのため論文も何本も書き、そのいくつかは欧米の科学誌に載ったものもある。 だけど、いくら海外で高い評価を得ようと、この日本ではただ『オメガ』と言うだけで、なんの評価もされなかった。どの企業も研究所も、オメガ枠の雇用はあっても一般の研究職でのオメガの雇用は無いのだ。 そしてそれは、母校の大学にですら残ることが出来ない現実。教授がいくら大学に掛け合ってくれても、ただ一つ、オメガであるという理由だけでダメだった。 それでも研究が諦めきれず、教授の手伝いをしながら大学に通っている時、アメリカの大学から声がかかった。当時その大学はまだあまり有名ではなかったけれど、望みのないこの日本にいるよりは断然いいと教授からも推され、渡米を決めようとしていた。けれどそんな時、オレは彼に出会ってしまった。 オレは結局そのまま日本に留まり天翼を生んだが、ありがたいことにその後もいくつか大学から誘いを受けていた。けれどオレは天翼を日本で育てたくてそれらを断り続けていたのだ。 子供はやはり日本で育てたいし、日本語の話せない日本人にはしたくなかった。それに、たとえ一緒にいられなくても、彼と同じ空の下にいたかったのだ。 日に日に似てくる天翼を見て彼の幸せを願い、天翼にはオレがこの世で一番好きな人の子だと言ってできるだけの愛情を注いで育ててきた。でもそれは、彼がそばにいないことが前提で出来たことだ。こんなに近くに来てしまったら、オレは冷静でいられないし、何より天翼と彼が会ってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。
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