年上オメガは嘘をつく

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「オレのこと見ていたくないだろ?折角ヘッドハンティングされてきたのにオレなんかがいてごめん。オレのことは気にするなって言っても無理だろうけど、なるべく視界に入らないようにするから、しばらく辛抱して」 そう言いながら帰り支度を始める。 「会社・・・辞めるんですか?」 「同じ職場は嫌だろ?」 「だけど・・・!」 オレのこと、心配してくれてるのかな?あんな酷いことしたのに・・・。 「別に闇雲に辞めるわけじゃないよ。少し当てがあるから大丈夫だ」 そう言ってオレはカバンを持った。 「今日は話せて良かったよ。大沢くんが成功した姿が見れてオレも嬉しかった」 オレはまだ何か言いたげな大沢くんを置いて立ち上がった。そして幹事に帰ることを告げ、会費を払って店を出る。 今日は天翼はいないんだっけ・・・。 誰もいない家に帰る寂しさを抱えながら、オレは家路に着いた。 誰もいない暗い部屋。 天翼が生まれる前は当たり前だったのに、今ではすごく寂しく感じる。 ま、泣きはしないけど。 それでも一人だと思うと何だか眠れず、オレはパソコンを開いた。会社とは別にやっている副業をするためだ。 オレの副業は翻訳。 天翼を生むことで一時研究から離れたものの、教授の手伝いも兼ねて論文の翻訳をしているのだ。そのため、直接研究に携われなくても常に最先端の情報を得ることが出来る。 前は教授の手伝いと言うことで無償で行っていた翻訳も、子育てにはお金がかかると言って教授が大学に掛け合ってくれて正式な仕事の依頼としてギャラも発生している。更に今では論文に限らず書籍など何でも翻訳していてそれなりの収入を得ている。 教授が論文の翻訳を頼んでくれることによって研究から離れることなく、こうして未だに海外の大学から声をかけてもらっている。 今回もアメリカの大学が声をかけてくれていて、そこに行こうかと思っている。 だけど、まだ詳しく調べてないんだよな・・・。 話をもらった時はまだ行く気がなかったので軽く断っていたのだけど、それでも熱心に誘ってくれて、とりあえず保留の形になっている。 いくら早く移りたいと言っても安易に決めてしまうのは危険だ。もし希望に合わないからと言っても天翼を連れていく以上、簡単には辞められない。それなりに長く務められないとだめだ。 結婚は再来月、て言ってたよな。 それまでにあっちの大学と研究内容、待遇なんかも詳しく調べないと・・・。あと何より治安だ。天翼がいる以上、危険な地域は避けたいし、教育環境も気になる。 それより天翼が嫌って言ったら行けないけど・・・。 オレだけの考えでは決められない。子供とはいえ一人の人間だ。きっと天翼にも思いや考えがあるはずだ。 そんなことを思いながら、オレは天翼がいない週末をずっと部屋に籠って仕事をしていた。 本当は転職先に考えている大学について調べなくてはならないのだけど、なにかに没頭していないと彼のことが頭に浮かんでしまうのだ。 十年ぶりに会った彼の姿と香り・・・。それがあの一日でオレを支配してしまう。 これから毎日同じ場所に行かなきゃいけないのに、今からこれで大丈夫なのだろうか・・・。 早く天翼に会いたい。 天翼のいない週末をやけに長く感じながら過ごし、今日やっと帰ってくる。 さっき予定通りの到着だとメールが来たので、それに合わせて解散場所へと迎えに行く。そこにはやっぱり保護者が多く待っていて、特にうちが過保護という訳ではないらしい。
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