0人が本棚に入れています
本棚に追加
私は小さい頃から芸能人。テレビに出ない日は無く、私の名前を聞くと誰もが顔を思い浮かべるほどだ。
初めは天才子役と呼ばれていたらしい。らしいというのは私がまだ物心付く前で、同じく芸能人であった母がちょっとした子役に私を出させてくれたことがきっかけだったと聞かされているからだ。
そこから先は稽古稽古の日々。毎日が忙しかったが自分の時間がごくわずかであること日常であったため、とりわけ辛さや苦しさは感じなかった。稽古を積み重ねていった結果、国内ドラマだけでなく舞台・映画と仕事は増え、期待に応えようとさらに努力を続けた結果ついにオスカー女優に選ばれるほどとなった。
そんな私の人生も今日は一区切りになる。今日は20代最後の誕生日、せっかくなのでとマネージャーが一日の休暇をくれたのだ。しかし誕生日当日に何も起きないわけがないと私は知っている。
記憶している初めての誕生日サプライズはドラマの撮影中、シーンが切り替わると言われ移動を挟み。着いた先で私を待っていたのはウエディングケーキサイズをした本物のバースデイケーキだった。
それから年々、誕生日サプライズは規模を増していった。翌年はバラエティ番組の収録時、人間国宝となった方から私をイメージして作られた陶器の茶碗をいただいた。さらに翌年はロケで行った超有名な遊園地の一日貸し切り。別の年には海外への移動中、オーロラを見るために北極圏まで寄り道することもあった。
そして満を持して20代最後の区切りとなる今年だ。わざわざ休暇を作った事にも驚いたが、それ以上に何が待っているかわからない。
準備してくれた人たちに喜びと達成感を味わってもらいたい気持ちもある、女優として最高の驚きと喜びの表情を見せてあげたい気持ちもある。マネージャーから出かけて気分を晴らして欲しいと言われたため外出はしているものの、そんな気持ちもあるためかどこと無く気の抜けないような感覚が続いていた。
きっと家に居られたら困るであろうサプライズを用意しているに違いない、そう考えたためとりあえずショッピングに出かけた。デパート内を散策し、本屋では自分の出ている冊子を軽くチェックしてみたりした。町を歩いていると至る所に私の姿があった。ファッション広告に飲料のCM、犯罪抑制ポスターなど目に付く物もあればラジオCMや広告宣伝音声などから私の声が聞こえてきた。町に出てみてあらためて自分が有名人になっていたことを実感できた。
ショッピング、散歩、そして昼食と場所を移していくにつれ一つの違和感を覚えた。私に声かけやサインを求めてくる人物が居ないのだ。
普段の現場では移動中に声をかけられることもあったしファンサービスもしていた、舞台の時は大勢の人が出待ちをしていたため裏口から出ようとしたがそちらにも出待ちをしている人が居たなんてしょっちゅうだった。
しかし今日は声がかからない。多少サングラスとマスクで変装している面はあったがそれでも気が付く人は過去に複数居たし、食事時はマスクだけでなくサングラスも外していたのに声はかからなかった。もちろん、自分が食事をした場所が個室だったわけではなくオープンなスペースであったし、食事をする私の隣を通り過ぎる人は多数居た。しかし立ち止まることも、二度見する人もなかった。
誕生日サプライズで待つものが何かに気を取られていたが、ショッピング中でも私を気にする人は誰も居なかった気がした。
昼食を終えた私は帰路に付きながら思い返していた。
それは以前、私が成人を迎える前の出来事だ。学生時代の知り合いは手に職を持ち、どんどん新たな新人俳優が発掘されていたことにみた悪夢。
私は一人。女優として落ちぶれて、誰からも興味を持たれなくなっていた。仕事をしようにも芝居ばかりの日々であったため資格も無ければ学歴も無かった。何もすることが出来ず一人寂しく死んでいく、そんな悪夢。
今まさにそれが現実になったように思えた。
私は帰ることを止め、再び待ちに繰り出した。サングラスを外して少し目立つマスクに変えてみた。今日の広告でよく見かけた私は前髪を髪留めで止めている姿だったので同じような髪型にしてわざと人通りの多い場所を目指した。
大型ショッピングモール、有名雑貨店、私の広告が多く見られた商店街。とにかく人目に付きそうなところを歩きまわり、最後には人混み目立つ大通りに面したオープンテラスでマスクをとって私がプロデュースしたドリンクを飲んだりしていたが誰も私を気にかける人は居なかった。
日が落ちてきた。結局だれも私に気づかず、気に止める人は一人も居なかった。町の広告にある私が私を笑っているように見え、町に流れる私の広告音声は何か機械の声に聞こえてきた。
きっとこれは悪夢だ。私の悪い夢。家に付いたらパーティの準備がされていたマネージャーや気の合うスタッフと楽しくお喋りするんだ。
そんな想像を拠り所にして重たい足取りで家に帰るも、そこには暗い部屋と冷たい空気が待っていただけだった。
洗面所でメイクを落とし、鏡に映った自分を見つめる。そこには若さからの転換期を思わせるような、少しや連れた自身の顔が映し出されていた。
ああきっとこれが現実なんだ、これが現実。現実なんだ・・・
私が最後に持った物は割れた鏡の破片であったと思う。
次の日、朝早くからマネージャーと若いスタッフが話をしながら準備を行っていた。
「昨日の誕生サプライズ、すごかったみたいですね。」
マネージャーは少し疲れた表情を見せながらも笑いながら答える。
「事前の準備が大変だったんだよ。彼女の仕事中のみに喚起のテレビCMを流したり。彼女が携帯を触れないタイミングでだけSNSで広告を流して、バレない内に消して。町に宣伝カーまで出してもらったりしてさ。まさにこの都市全体、いやそれ以上にファンだけじゃない一般市民の人の応援もあって実現したからね。でも改めて彼女の知名度と、そして愛され具合を知る事が出来てよかったよ。」
マネージャーの興奮した様子にスタッフも笑いながら答える。
「確かにここまでの事を実現できるほどに愛されている有名人なんてそうそう居ないでしょうからね。あの日ぐらいは楽しんで貰えてたらいいですね。」
マネージャーはニヤリと笑う。
「誕生日サプライズでまさか一般人のような生活が送れるなんて思いもしないだろうからね。」
ー有名女優30歳に、驚きの誕生日とはー
先日都内で大規模に実施された誕生日サプライズ。女優はこう振り返った。
「とにかく驚きました。動揺して、あわてて、寝る前も落ち着かずお気に入りのコンパクトを落として割ってしまいました。」
笑顔で語る女優。その後はこのように言葉を続けた。
「今回の件で私がみなさまにとても大事にされているという事をあらためて実感しました、そして私自身も知らない内にみなさんからの応援やエールに元気付けられていたことを知るきっかけとなりました。」
最後にはこれからも愛される女優となり続けられるよう努力を続けていきますと深くお辞儀をする姿が見られた。
最初のコメントを投稿しよう!