夜が明けるまで

1/1
前へ
/1ページ
次へ

夜が明けるまで

「遅くまでご苦労さま」  「ああっ、隊長」  新人隊員は指差し確認中に、後ろから聞こえてきた声に、背をピッと伸ばし振り返った。 「明日の準備は?」 「はい、バッチリです」  少し緊張した表情で答える新人隊員に、 「最後は穏便に済ませたいね」  いつもより、くだけだ口調で言ってから、就寝を促してその場を離れた。 (まあ、眠れないから、ここに居るんだろうけど)    自身も頭が冴えていて、どうにも真っ直ぐ自室に戻る気になれず、見回りと称して歩いている。  と、同期入隊の副隊長が声をかけてきた。 「あれ、まだこんな所にいたんですか?」 「母船との最終打ち合わせが長引いてね」  それも事実だ。 「お疲れ様です。何か飲みます?」 「いらない」 「隊長、眉間にしわ」  副隊長がわざと自分の眉間に皺を寄せて見せる。 「……ああ、やっぱり何か飲もうかな」 「そうしましょう」    この船は隊長と副隊長のみ個室が与えられている。後は階級によって、2人部屋4人部屋、さっきの新人クラスだと、広めの部屋にカプセルベッドだけ敷き詰められた、通称「雑魚寝部屋」で過ごす。  副隊長の個室でハーブティーをご馳走になった。  最近ハーブティーに凝り出して、部下たちにも好評だと話してきたが、部下からはそんなことは聞いていない。同期のよしみで黙っておこう。  今、淹れてもらったお茶にはリラックス効果があるそうだ。気休めでも、有り難い。 「今回の失敗の責任でも、擦り付けてきたかい?」 「そうしてくれれば、潔く辞職して、別の仕事を探せるのに、のらりくらりと核心には触れず、最後は『次回があるのだから、あまり刺激しないように』と、逆に釘を刺されたよ」  聞いておきながら、興味なさそうに副隊長は欠伸を嚙み殺した。 「甘いねぇ、上の皆さんは」 「まったく、甘やかし過ぎだ」 (まさか、成果無しでの帰還とは)  最終打ち合わせ前に、緊急通信が入った。  相手がわかっていたので、無視していたら、通信責任者に涙目で頼み込まれたので、仕方なく出てみると、  画面に映るなり一言。 ―「ねぇー、ちゃんと来てくれるのよねぇー」  打ち合わせの議題の張本人が、豪華な衣装を身にまとって叫んでいる。 ―「そのつもりですが、中止にしますか?」 ―「ちょっと、止めないわよ。明日の事じゃない、何でこっちに連絡がないのよ!」  (ああ、面倒くさいっ) ―「これから最終打ち合わせなんですよ。忙しいので切ります」 ―「もう、何なのよその態度は、クビにするわよ!」 ―「ええ、どうぞ。今、クビにしたらお迎えは延期になりますが、いいですよね」  ―「駄目よ、怒んないでよ、冗談じゃない。今回のことは……そうね……私も頑張ったのよ」   最後のほうが、ごにょごにょと聞き取りにくい。 ―「そうは見えませんでしたが、もっと、他種族に迷惑をかけない方法があったはずでは」 ―「ひどい言い方ね」 ―「そうでしょうか?」  (チッ、打ち合わせの時間が……) ―「……明日の夜に必ず迎えに来てよ。もう、みんなに言っちゃったんだから」 ―「かしこまりました」 ―「絶対よ、盛大に頼むわね!」 ―「御意」 《学校で初めて習うのは、我々種族の歴史や成り立ち。  そして種族の偉大なる母、女王の功績だった。》  フッ。  思い出し笑いが鼻から漏れる。 「何?」  二杯目のハーブティーを注ぐ手が止まる。 「いや、何でもない」 「これ飲んだら、すぐ眠れるよ」  いい香りがする、安眠効果があるらしい。 「目が覚めたら、明日か」 「明日ですね、奴が帰ってきますかー」  副隊長が深い溜め息とともに呟いた。  不敬な言い方だが、諌める気にはならない。 「ああ、何の手土産も無く。今回の交配期は終了だ」      一度目の交配期は、失敗したらしい。下調べもろくにせずに、「運命だ!」と勝手に飛び出して、やっと連絡がついたと思ったら「もう無理、帰りたい」と、泣きついてきたのだそうだ。  もちろん、一部の関係者しか、知らされていない。  それは『許されない』ことなのだ。  繫殖機能は女王のみが有し、だがら女王なのだ。  それを放棄することは、我々種族の絶滅を意味する。  私も知りたくはなかったが、私より優秀だった隊員たちは風のように除隊し、逃げ遅れた私と同期の副隊長は、半強制的に交配期の女王近衛隊を任されて、今に至る。  下調べも抜かりなく、その星で一番美しい容姿に変容させて、送り出したというのに。  今回も失敗。 「先代は責務を前向きに、果たされたというじゃないですか」 「だから上の皆さんは、悠長に構えてるのさ」 「困るのは、次の世代ですものね」 (上層部はその頃は、もう土の下か)  また不敬なことを考えている副隊長が、冷ましたハーブティーに口をつけた。猫舌なのだ。 (あれ、こんなに酸味が強かったかな?)  隊長のカップは、もう空っぽになっている。 (気に入って貰えたなら、まっ、いいか)  小さなことは気にしない副隊長は会話を進めた。 「好みのオスがいなかったんでしょうか?」 「にしては、途中まで楽しそうだった」 「ずっと監視してるのも、大変でしたね」 「繁殖能力があるのはさぁ、女王だけなんだからさぁー、もう絶滅するよー」 (ん?なんか違うかも)  いつもの隊長らしからぬ発言に、副隊長は首をひねる。 「あー、私もオスにチヤホヤされたい!」 「隊長、本音が漏れ出てますよ」 「かぐや姫なんて呼ばせて……あんなに貢がせて……あんなに……」  今度は、ドンドンとテーブルを叩き出した。  (ありゃ、もしや!)  副隊長はハーブティーを閉まってある小箱を開けて、中身を確認した。 (ああ、これ出しちゃったんだ) 「隊長、ごめんなさい。このハーブティーの効能、自白効果だったみたい」 「今さら、遅いわ!」  夜が明けるまで、隊長の本音トークは続いた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加