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夜が明けるまで
「遅くまでご苦労さま」
「ああっ、隊長」
新人隊員は指差し確認中に、後ろから聞こえてきた声に、背をピッと伸ばし振り返った。
「明日の準備は?」
「はい、バッチリです」
少し緊張した表情で答える新人隊員に、
「最後は穏便に済ませたいね」
いつもより、くだけだ口調で言ってから、就寝を促してその場を離れた。
(まあ、眠れないから、ここに居るんだろうけど)
自身も頭が冴えていて、どうにも真っ直ぐ自室に戻る気になれず、見回りと称して歩いている。
と、同期入隊の副隊長が声をかけてきた。
「あれ、まだこんな所にいたんですか?」
「母船との最終打ち合わせが長引いてね」
それも事実だ。
「お疲れ様です。何か飲みます?」
「いらない」
「隊長、眉間にしわ」
副隊長がわざと自分の眉間に皺を寄せて見せる。
「……ああ、やっぱり何か飲もうかな」
「そうしましょう」
この船は隊長と副隊長のみ個室が与えられている。後は階級によって、2人部屋4人部屋、さっきの新人クラスだと、広めの部屋にカプセルベッドだけ敷き詰められた、通称「雑魚寝部屋」で過ごす。
副隊長の個室でハーブティーをご馳走になった。
最近ハーブティーに凝り出して、部下たちにも好評だと話してきたが、部下からはそんなことは聞いていない。同期のよしみで黙っておこう。
今、淹れてもらったお茶にはリラックス効果があるそうだ。気休めでも、有り難い。
「今回の失敗の責任でも、擦り付けてきたかい?」
「そうしてくれれば、潔く辞職して、別の仕事を探せるのに、のらりくらりと核心には触れず、最後は『次回があるのだから、あまり刺激しないように』と、逆に釘を刺されたよ」
聞いておきながら、興味なさそうに副隊長は欠伸を嚙み殺した。
「甘いねぇ、上の皆さんは」
「まったく、甘やかし過ぎだ」
(まさか、成果無しでの帰還とは)
最終打ち合わせ前に、緊急通信が入った。
相手がわかっていたので、無視していたら、通信責任者に涙目で頼み込まれたので、仕方なく出てみると、
画面に映るなり一言。
―「ねぇー、ちゃんと来てくれるのよねぇー」
打ち合わせの議題の張本人が、豪華な衣装を身にまとって叫んでいる。
―「そのつもりですが、中止にしますか?」
―「ちょっと、止めないわよ。明日の事じゃない、何でこっちに連絡がないのよ!」
(ああ、面倒くさいっ)
―「これから最終打ち合わせなんですよ。忙しいので切ります」
―「もう、何なのよその態度は、クビにするわよ!」
―「ええ、どうぞ。今、クビにしたらお迎えは延期になりますが、いいですよね」
―「駄目よ、怒んないでよ、冗談じゃない。今回のことは……そうね……私も頑張ったのよ」
最後のほうが、ごにょごにょと聞き取りにくい。
―「そうは見えませんでしたが、もっと、他種族に迷惑をかけない方法があったはずでは」
―「ひどい言い方ね」
―「そうでしょうか?」
(チッ、打ち合わせの時間が……)
―「……明日の夜に必ず迎えに来てよ。もう、みんなに言っちゃったんだから」
―「かしこまりました」
―「絶対よ、盛大に頼むわね!」
―「御意」
《学校で初めて習うのは、我々種族の歴史や成り立ち。
そして種族の偉大なる母、女王の功績だった。》
フッ。
思い出し笑いが鼻から漏れる。
「何?」
二杯目のハーブティーを注ぐ手が止まる。
「いや、何でもない」
「これ飲んだら、すぐ眠れるよ」
いい香りがする、安眠効果があるらしい。
「目が覚めたら、明日か」
「明日ですね、奴が帰ってきますかー」
副隊長が深い溜め息とともに呟いた。
不敬な言い方だが、諌める気にはならない。
「ああ、何の手土産も無く。今回の交配期は終了だ」
一度目の交配期は、失敗したらしい。下調べもろくにせずに、「運命だ!」と勝手に飛び出して、やっと連絡がついたと思ったら「もう無理、帰りたい」と、泣きついてきたのだそうだ。
もちろん、一部の関係者しか、知らされていない。
それは『許されない』ことなのだ。
繫殖機能は女王のみが有し、だがら女王なのだ。
それを放棄することは、我々種族の絶滅を意味する。
私も知りたくはなかったが、私より優秀だった隊員たちは風のように除隊し、逃げ遅れた私と同期の副隊長は、半強制的に交配期の女王近衛隊を任されて、今に至る。
下調べも抜かりなく、その星で一番美しい容姿に変容させて、送り出したというのに。
今回も失敗。
「先代は責務を前向きに、果たされたというじゃないですか」
「だから上の皆さんは、悠長に構えてるのさ」
「困るのは、次の世代ですものね」
(上層部はその頃は、もう土の下か)
また不敬なことを考えている副隊長が、冷ましたハーブティーに口をつけた。猫舌なのだ。
(あれ、こんなに酸味が強かったかな?)
隊長のカップは、もう空っぽになっている。
(気に入って貰えたなら、まっ、いいか)
小さなことは気にしない副隊長は会話を進めた。
「好みのオスがいなかったんでしょうか?」
「にしては、途中まで楽しそうだった」
「ずっと監視してるのも、大変でしたね」
「繁殖能力があるのはさぁ、女王だけなんだからさぁー、もう絶滅するよー」
(ん?なんか違うかも)
いつもの隊長らしからぬ発言に、副隊長は首をひねる。
「あー、私もオスにチヤホヤされたい!」
「隊長、本音が漏れ出てますよ」
「かぐや姫なんて呼ばせて……あんなに貢がせて……あんなに……」
今度は、ドンドンとテーブルを叩き出した。
(ありゃ、もしや!)
副隊長はハーブティーを閉まってある小箱を開けて、中身を確認した。
(ああ、これ出しちゃったんだ)
「隊長、ごめんなさい。このハーブティーの効能、自白効果だったみたい」
「今さら、遅いわ!」
夜が明けるまで、隊長の本音トークは続いた。
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