3 ゆるい話し方

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3 ゆるい話し方

 私は、年の離れた兄と一緒に住んでいる。 引きこもるようになってから、心配性の兄は、毎日、声を掛けてくれていた。  最近は、家の中ですれ違ったときに、少し話すくらいに落ち着いた。  風呂上がりに、キッチンへ向かうと 「元気か?…ちゃんと食べてるか?」 毎日、顔を合わさなくても、声を掛けなくても、いつも食事の支度をしてくれて いる兄に、心配そうなようすで聞かれると、言葉が出なくて 「…うん。」  同じ家に住んでいながら、久しぶりに会うっていうのも変な話だけど、こんな 会話しか出来ない自分が、腹立たしい。 「時々、遅くに帰ってくるけど、お仕事は順調?」 「あぁ…。これといって変わりはねぇな。」 ゔっ…会話終了。…間がもたない。 「お前…、もう一回、受験したら?」 「ん?」 兄のいってることが分かんない。 「もう一回、好きになれそうな高校を選び出して、編入試験受けて合格すれば、 また高校行けるぜ。」 「…あっ!」 そっか。転校とか考えたこともなかった。ボーっとしてる私を置いて 「冷蔵庫のプリンは、食うなよ!」 そういいながら、右手にビールを持って、キッチンを出ようとしていた兄に、 あわてて 「あ…りがとう。」 つぶやくと何も言わずに、左手を上げ、兄は部屋へ行った。  兄の後ろ姿を見送りながら、このままじゃなく、変わりたいと思った。 …ただ、三ヶ月半以上、引きこもってしまった今、きっかけもタイミングも、全くつかめないまま、不安と同居していた。  だからこそ私にとって、この〝怪しいチラシ〟は、きっかけに思えた。 余りにも怪し過ぎるところが、三ヶ月半引きこもった私には、外とつながるタイミングに思えて、色々考えるより、体が動いていた。  何度目かのコール音の後で 「…はい。」 落ち着いた男性の声がした。何も考えずに電話した私はあわてて、 「あの…チラシを見て電話したんですが…募集していたバイトは、もう決まって しまいましたか?」 何とか用件を伝えたが、相手の男性は、 「あ~。運んでくれるぅ?」 ゆるい感じのまま、こちらの緊張感を、裏切ってくれるような話し方をする。 「はい。」 「じゃ~。いつがいいかなぁ?」 「いつでも大丈夫です。」 勢いのあるうちに話しをつめないと、ビビっちゃいそうだった私は、若干食い気味に話した。 「いつでも…かぁ~。」 しばらく考えるようすの沈黙の後、 「ん~今度の金曜は、どう?」 「大丈夫です。空いてます。」 「一応、面接も兼ねて、喫茶店で会えるかなぁ?」  え?面接するんだ…。荷物と目的地までの地図や、住所の書かれたメモを渡されて、後は自力で行くパターンかと思った。  取りあえず、詳しい場所と時間を聞いて、電話を切った。
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