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7 デパ地下
マスターのいる喫茶店に着くと、お客さんで席は埋めつくされていた。
マスターはオーダーの合間を見て、手招きして私を呼んだ。
そこは、ほぼバックヤードだが、雑然とはしていなかった。
きっとマスターの性格なのだろう。棚も整理されていて、店と変わらないほどに、床も綺麗だった。
「頼まれたのは、新宿北口のコインロッカーの鍵、あとコレもね。それから、これは私からのお願い。試作のフルーツジュースなんだけど、飲んで感想聞かせて。」
そういって差し出された、冷たいフルーツジュースを頂いた。
「お、美味しい!自然な甘さだから、甘すぎなくて、口の中に残らない。スッキリしてるのに、果汁がぎっしり詰まってる感じ。すごい!」
「…ありがとう。気を付けてね。」
「はい。こちらこそ、お忙しいのに、ありがとうございました。」
私はフルーツジュースに元気をもらって、一日乗り切れそうな気がしてきた。
「今、マスターから、北口コインロッカーのカギを一つと、小物入れを受け取りました。次は、何をするんですか?」
「悪いけど、新宿北口のコインロッカーに行ってもらって、その鍵を使って開けて、中に入っている荷物を運んで欲しいんだぁ。とにかく、ロッカーを開けたら連絡くれるかなぁ。」
さっきのところに戻って、コインロッカーを開けて、連絡。その場で復唱した。
「分かりました。向かいます。」
マスターから受け取ったカギはポケットに入れ、小物入れはリュックに入れて、指示通り、北口へ向かった。
引きこもってから、ずっと遊びに出掛けることなんてなかったので、以前は気にもとめなかった、当たり前の〝人ごみを歩く感覚〟を、すっかり忘れていて、ぶつかりそうになったりする。
〝都会は歩きにくい〟を、今初めて味わっている。
不思議な感じ。なぜか、とても新鮮で楽しくさえ思える自分がいた。
北口に近づくにつれ、なんとなく周囲が気になりだす。
荷物が何かは全く分からないが〝ヤバイもの〟だと確信していた私は、誰かに見られているような、そんな感じがしてならなかった。
北口のロッカーには、誰も居なかった。
カギを手掛かりに、ロッカーはすぐに見つかり、カギ穴に差し込んだ。
…が、近くに人の気配がして振り返ると、疲れた感じがにじみ出てる中年男性が、下の方のロッカーから、荷物を出しているところだった。
そのおじさんが立ち去るのを待って、カギを開けた。
「着きました。コインロッカーも開けました。」
「うんうん。そこに荷物と鍵があったでしょ?それをね、駅ビルのデパ地下にあるコインロッカーに運んでくれるかなぁ?」
「え?今、ロッカーから出した荷物を、今度はデパ地下のコインロッカーに入れるんですか?」
「うん。そう!もし分からなくなったら、連絡してねぇ。」
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