背伸び

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 巧は金川中学校サッカー部の一年エースだ。小学校の頃から地元のクラブチームのユースに入っていて、私立中学からも声がかかっていたそうだが、わざわざうちの中学校に来てやったんだというのが自慢だった。巧とは違う小学校だったので、それが本当かは分からない。しかし、僕たちよりも圧倒的に上手いその技術で、初日から三年生の先輩たちをも黙らせてしまった。  巧はどんどん同級生の僕たちにあだ名をつけていった。ユースでもあだ名で呼び合っていて、そうすることでより親密になれるかららしい。巧は僕の名前を聞くと 「哲郎? 古くさい名前だなあ……。てっちゃん、でもいいけど、どっちかというと『てっちん』って顔してるかな、お前」 眉をしかめていかにも真剣に考えたんだと言わんばかりにあだ名をつけてきた。眉をしかめたいのは僕の方だ。 失礼にもほどがある。しかし、そんな巧に逆らえる一年生は、部活開始一週間にしてすでにいない。確かな技術を持っている彼に目を付けられたくはない、みんなそう思ってしまった。  巧の機嫌を損ねることは部活の中で居場所をなくすことを意味する。だから、自分が嫌だと思うあだ名をつけられても受け入れるしかない。てっちんといういかにもダサくて古くさいあだ名をつけられても無視をするわけにはいかない。 しかし、彼はそれだけにおさまらずどんどん存在をアピールしていった。自分の思い通りに行かないと先生や監督、先輩にだって立てつくし、ユースでやっていた練習方法が有効だからと無理やり部活の練習内容を変更した。それなのに自分はうまいからと朝練には参加しない。やりたい放題だったが、誰もそれをとがめるものはいない。 部活の中での頂点を手にした巧は、自分が気に入らない人間の排除を始めた。 最初は僕だった。きっかけは大したことではない。今日、帰ったらゲームしようぜと話していた巧に向かって「僕、今日塾だからいけない」と言ったのだ。それだけのことだった。  それなのに巧は僕のことをからかってきた。  自分のことを「僕」というのがそんなにおかしいことだろうか。確かに周りには自分のことを「俺」という友達の方が多いが、小学校の時はそんなことでからかわれることはなかった。気が付けば周りはみんな一人称が俺になっていて、僕というのは部活では僕だけだった。 「ほら、僕ちゃん! パス!」 練習中に大きな声で呼ばれた時には殴ってやろうかと思った。てっちんというあだ名で呼ばれることも気に入らなかったが、僕ちゃんよりはましだった。  にらみを利かせて巧の方を見たが、 「なんだよ、僕ちゃん。事実だろ? そう呼ばれるのが嫌だったら自分の呼び方変えたらいいじゃないか。まあ、僕ちゃんがレギュラーになったらてっちんって呼んでやってもいいけどな」  僕がレギュラーになる日は、まだ来ない。監督は最終学年の三年生を中心にレギュラーにすると言ったし、その中で唯一、巧だけレギュラーなのだ。それだけ彼が上手いということ。その特別扱いが、巧の気を大きくさせてしまうのだろうが。 家に帰ってもずっと、もやもやしたままだった。こんなことで学校に行きたくないなんて思わないけれど、なんとなく心ここにあらずって感じ。巧の言う通り一人称を変えればいいのだが、彼に言われて変えるのもなんだかどうなんだ、と思う。でもなあ……。
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