聖なる夜、恋せよ青年

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 明らかに酔っ払った若い男子に抱きつかれている暁斗を、電車に乗る人々は笑いを(こら)えてちらちら見ていた。小椋は暁斗を父親か母親と見做しているのか、しがみついたまま離してくれない。足許がおぼつかないので、どうせ肩を抱くか身体を支えるかしなくてはならないところだから、抱きついていてくれるなら、運ぶのは楽だ。  いつの間にこんなに飲んだのだろう。同郷の小椋を気にかけ、彼が泣き上戸と知っている高畑が遅れて来たことや、小椋の頼もしい同期の望月が、広報課の女子社員たちに捕まったことが痛かった。さりげなく守ってくれるメンバーから離されて、小椋は先輩たちからひっきりなしにビールを注がれ、律儀に全部飲んだ……といったところか。  暁斗は部下の酒癖は大体把握している。久しぶりに皆で飲むので、羽目を外す者が出ることも予想していた。だから注意していたつもりだったが、ハプニングが起きた。高畑が、取引先の忘年会に顔を出さざるを得なくなり、すっかり出来上がって戻って来た。そして人事課の柴田を見つけるなり、彼に抱きついて交際宣言をぶち上げたのである。  柴田がゲイであることは、暁斗は本人から聞いて知っていた。高畑もゲイだとは知らなかったのだが、どうも彼らが互いを好いているようだということを、暁斗は察していた。  高畑は取引先の酒好きの社長から、5種類もの赤ワインを振る舞われたらしく、酔った勢いでカミングアウトしてしまった。場がやんややんやの大盛り上がりになって、高畑と柴田に心無い言葉を浴びせる者がいないかどうか、暁斗はやや緊張感を持ち目を配っていた。  するとその間に、新入社員たちが餌食になっていたという訳だ。彼らと飲む機会がこれまであまり無かった者も課内には多く、皆話したかったのだろうが……。  小椋の家は大井町と聞いていたが、送るのも難しそうだし、家に着いても玄関で寝てしまっては、今夜のこの寒さでは危険だった。暁斗は大井町に停まった電車が扉を閉めるのを、諦念半ばに見つめた。奏人が先に帰っているので、部屋を暖めておいてくれるだろう。  新入社員がこんなになるまで飲ませるなんて、暁斗さんの部署は野蛮だねぇ。暁斗は奏人の声が聞こえたような気がして、小さく溜め息をついた。言いつつも奏人は、小椋の面倒を見るのは手伝ってくれそうだが。  小椋は寝ぼけて、課長好きですぅ、などと口走る。まあ顔色は悪くないし、ゲエゲエ吐いた訳でもないので、少し休めば復活してくれるだろう。 「おい、降りるぞ、とりあえず俺ん()行くから」 「課長の家ですかぁ? ほんとですかぁ? 嬉しい〜」  小椋はとろんとした目で暁斗を見上げた。やれやれ、と苦笑する。彼はホームシックの気があることだし、今夜は家に一人にしないほうがいいだろう。  暁斗は好奇の視線を感じながら電車を降りた。小椋は、奏人ほどではないが、華奢で軽かった。抱きつかれながらもたもた歩いて、エスカレーターに乗る列の最後についた。  ホームに冷たい風が吹き、寒ぅい、という声があちこちから上がる。小椋のせいで温かいという、有り難いような迷惑なような状態で、暁斗は奏人が待つ家を思う。奏人にLINEをしてから駅舎を出ると、空は晴れていて、星がきらきらしていた。
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