聖なる夜、恋せよ青年

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◇クリスマス・イブ◇  陽佑は暖かな空気に包まれていることに、まず心地良さを覚えた。次に、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐるのを感じて、違和感に捕らえられる。自分の部屋じゃないとすぐに理解した。  ゆっくりと瞼を上げて、自分が知らない場所で横になっていることを認識する。大きな窓の外は、寒そうだがよく晴れていた。  陽佑はベッドに寝ていた。正確には、ベッドにもなるソファ、である。柔らかくて温かい毛布は、上等そうだ。知らない場所に寝ているのに、自分でもおかしいと感じるほど、陽佑は随分と和んでいた。  いや、思い出さなくてはいけない。昨夜は……会社の2階の大会議室で、クリスマスパーティに出ていた。自分の任務が終わって、望月と先輩たちと飲んだ。企画課の人たちが持って来てくれた日本酒が寿司に合うと、皆で試し始めて……外回りから最後に戻って来た高畑が何故か既に酔っていて、人事課の柴田に介抱されていた。  軽い物音が聞こえて、陽佑はそちらに寝返りを打とうとしたが、身体が重くて思うように動かなかった。それでも何とか首を捻り、軽く驚く。やかんを手に、ドリップバッグのコーヒーに湯を注いでいたのは、美しい人だった。  艶々した黒い髪に白い肌。大きな目が長い睫毛に縁取られているのが、陽佑の寝ている場所からでもわかる。華奢な肩をしていたが、女性ではないような気もした。  陽佑の脳内に初めて、危機感とも焦りともつかない思いが満ちた。昨夜、パーティの会場から出た記憶が無い。酔って会社を出て、何処かで事故に遭い、死んだのかもしれない。コーヒーを淹れているあの美しい人は天使で……漫画やラノベによくあるように、これから陽佑に宣言するに違いない。貴方は昨夜死にました。 「あ、起きましたか?」  天使は声を発した。陽佑は腕で上半身を支えながら、彼か彼女かよくわからないが、美しい人のほうを向いた。 「そろそろ一回声をかけようかと思ってたんです」  天使はにこやかにこちらへ回って来た。その足許は、赤いハートが散ったブーツ型のルームシューズに包まれている。陽佑は見たことの無いスウェットを着ており、天使のルームシューズ共々、天国にしては情緒の無い衣装だと思った。  笑顔の天使が、てきぱきと訊いてくる。 「気分が悪くないなら何か食べますか? それともお風呂でさっぱりしますか?」  陽佑はえっと、と前置きし、近くで見てもやはり美しいその人を見上げた。彼(声で男性と判断した)は、陽佑の疑問を察してくれたらしかった。 「ああ、ここは……桂山の自宅です」
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